Scene 3 住民に囲まれる
やがて馬車は、街の一角でゆっくりと速度を落とした。
車輪が止まり、御者の声が響く。
「着きました」
「そう」
レティシアは小さく息を吐くと、馬車の扉へ手を伸ばした。
ここが、自分の新しい生活の始まりになる。
そう思いながら外へ降りた――その瞬間だった。
「おい」
「そいつか?」
「例の追放された令嬢って」
「……!」
レティシアの足が止まった。
気づけば、周囲にいた住民たちがこちらを見ている。
一人、また一人と人が集まってくる。
「おい、見ろよ」
「本当に来たんだな」
「王都から追放されたっていう……」
その言葉を聞いた瞬間。
レティシアは、無意識に背筋を伸ばした。
(……来たわね)
王都で何度も向けられた視線。
嫌悪。
侮蔑。
警戒。
そして――「悪役令嬢」という言葉。
きっと、ここでも同じなのだ。
(悪役令嬢が来たぞ、とでも言われるのかしら)
そう考えると、自然と身構えてしまう。
また何かを言われる。
また自分を否定される。
そう思っていた。
すると、人垣の中から一人の男がこちらへ近づいてきた。
年齢は四十代くらいだろうか。
日に焼けた顔に、無精ひげ。
こちらをじっと見つめている。
レティシアも負けじと見返した。
男が口を開く。
「お前が追放された令嬢か?」
「……そうよ」
短く答える。
男は黙った。
じっとレティシアを見る。
頭の先から足元まで。
値踏みするような視線に、レティシアの眉がわずかに動いた。
(何よ……)
何か言われる。
そう思って待つ。
しかし。
男はしばらく考えたあと――
「そうか」
それだけ言った。
「…………」
レティシアは拍子抜けした。
「……何よ」
少し警戒しながら問い返す。
すると男は、いたって真面目な顔で尋ねた。
「腹減ってるか?」
「……え?」
レティシアの思考が止まった。
何を言われたのか。
一瞬、理解できなかった。
「……は?」
男は首を傾げる。
「だから、腹減ってるか?」
「…………」
レティシアは固まった。
背後では、ニーナも目を丸くしている。
そして住民たちは、なぜか当然のような顔をしてレティシアを見ていた。
まるで――
追放された令嬢かどうかなど、どうでもいいと言わんばかりに。




