Scene 2 「恐ろしい辺境」の第一印象
馬車がゆっくりと街の中へ入っていく。
レティシアは窓から外を眺めながら、無意識に身構えていた。
(辺境……)
王都で聞かされていた話が、頭の中をよぎる。
魔物が出る。
冬は厳しい。
道は悪く、治安も良くない。
住民も荒っぽく、貴族に対しても遠慮がない。
――そんな場所。
けれど。
「……普通ね」
思わず、そんな言葉が口から漏れた。
街道の両脇には建物が並んでいる。
古びてはいるものの、店らしき看板もあれば、人々が行き交っている。
八百屋では野菜が並べられ、別の店では布や道具が売られている。
少し先には市場まであった。
「おじさん、それ安くしてよ!」
「これ以上は無理だ!」
「じゃあ二つ買うから!」
「……仕方ねえな!」
そんな声まで聞こえてくる。
さらに道の端では、子供たちが元気に走り回っていた。
「危ないぞー!」
「こっち来るな!」
「待ってー!」
どこにでもありそうな、街の日常。
レティシアはしばらく黙ってそれを眺めていた。
そして、ぽつりと呟く。
「王都で聞いていた話と、ずいぶん違うわね」
「まあ……実際に来てみないと分からないものですね」
向かいに座るニーナも、窓の外へ視線を向ける。
「もっと荒れ果てた場所を想像していたわ」
「私もです」
「魔物が街中を歩いていて、店もまともに営業していないくらいの場所かと」
「それは……辺境というより、滅んだ街ではありませんか?」
「そうとも言うわね」
レティシアは肩をすくめる。
改めて街を見回す。
確かに王都ほど華やかではない。
建物は簡素だし、道もところどころ傷んでいる。
服装も質素なものが多い。
それでも、人々はそこで暮らしていた。
笑って。
怒って。
商売をして。
子供を叱って。
今日を普通に生きている。
「……辺境って」
レティシアは窓に頬杖をついた。
「もっと、特別な場所だと思っていたわ」
「特別、ですか?」
「ええ」
少し考えてから、レティシアは答える。
「王都から見れば、危険で、粗野で、住みにくい場所」
そこで一度言葉を切る。
「でも……実際に来てみたら、ただの街ね」
ニーナは小さく笑った。
「そうですね」
馬車は市場の中をゆっくりと進んでいく。
その光景を眺めながら、レティシアは思った。
(王都で聞いていた『辺境』と……)
(ここにある『辺境』は、ずいぶん違うのね)
まだ彼女は知らない。
王都の人間が語る「辺境」と。
ここで暮らす人々にとっての「日常」が。
どれほど違うものなのかを。
そして――
その違いこそが、これからの彼女の人生を大きく変えていくことを。
馬車はさらに街の奥へと進んでいった。




