Scene 5 令嬢レティシアは反論できない
「……」
令嬢レティシアは、黙っていた。
目の前には、もう一人の自分がいる。
怒り。
反論。
自己主張。
そして、自分を守ろうとする強さ。
それらをまとめて。
“悪い部分”と呼ばれている。
「違います」
言わなければならない。
そう思った。
「彼女も――」
口を開く。
「彼女も、私です」
そこまで言って。
言葉が止まった。
(……本当に?)
胸の奥から、小さな声が聞こえた。
(彼女がいなくなったから、私は皆に好かれるようになった)
王都では、以前とは比べものにならないほど評判がいい。
誰も自分を怖がらない。
誰も自分を嫌わない。
「白百合の令嬢」と呼ばれて。
皆が笑顔を向けてくれる。
(あの部分がなくなったから……)
そう思ってしまった。
(私は、こんなに皆さんと仲良くできるようになった)
だから。
“悪い部分だった”と言われたとき。
完全には否定できなかった。
「……」
令嬢レティシアは、視線を落とした。
そのわずかな動きを。
悪役レティシアは見逃さなかった。
「……あんたまで黙るの?」
「……!」
令嬢レティシアが顔を上げる。
悪役レティシアは、じっと彼女を見ていた。
「違います。私は……」
「違う?」
「そうです。違います」
令嬢レティシアは慌てて首を振る。
「私は、あなたが悪い人だなんて思っていません」
「じゃあ、何で黙ってたのよ」
「それは……」
答えられない。
悪役レティシアの目が細くなる。
「なら、言いなさいよ」
「……」
「私もレティシアだって」
令嬢レティシアは息を呑んだ。
言葉が出てこない。
ほんの数秒。
それだけだった。
けれど。
悪役レティシアには、それで十分だった。
「……そう」
小さく呟く。
「言えないんだ」
「違います!」
「じゃあ言って」
「……」
また沈黙。
悪役レティシアは、ふっと顔を逸らした。
怒っている。
けれど、それだけではない。
ほんの少しだけ。
傷ついていた。
「……あんたがそう思うなら、それでいいんじゃない?」
「そんな言い方……」
「だって、そうでしょう?」
悪役レティシアは笑った。
いつもの、皮肉っぽい笑い方だった。
「私がいなくなって、あんたは皆に好かれるようになった」
「……」
「だったら、私なんていないほうがいいじゃない」
「違います!」
令嬢レティシアが、今度こそ強く否定した。
けれど。
悪役レティシアは、もう彼女を見ていなかった。
二人の間に。
初めて、小さな亀裂が入った。




