Scene 4 「悪い部分」の定義
「……では、人格分裂の原因となった魔女の呪いについてですが」
沈黙を破ったのは、先ほどの法務官だった。
「現時点では、まだ研究が必要です。なぜ人格が分離したのか。なぜ肉体まで二つに分かれたのか。詳細は判明しておりません」
「でしょうね」
悪役レティシアは冷たく返した。
そんなもの、本人にも分からない。
魔女に願った。
そして、こうなった。
それだけだ。
「しかし、現在確認されている性質から判断すると……」
法務官が書類へ目を落とす。
「あなたは、レティシア嬢から分離された攻撃性、怒り、自己主張などを強く有しています」
「それが?」
悪役レティシアが眉を上げた。
「それが、何?」
法務官は一瞬だけ言葉を止めた。
「……一般的な意味で、“悪い部分”と判断されます」
「……」
悪役レティシアは黙った。
そして、ゆっくりと口を開く。
「怒ることが悪いの?」
誰も答えない。
「人に言い返すことが?」
沈黙。
「嫌なものを嫌だと言うことが?」
さらに、沈黙。
悪役レティシアは周囲を見渡した。
「じゃあ聞くけど」
声が少し低くなる。
「誰かに理不尽なことをされたとき、怒るのは悪いこと?」
「……」
「自分が嫌なことをされたとき、嫌だと言うのは?」
「……」
「無理なものを無理だと言って、断るのは?」
誰も答えられない。
それは、あまりにも当たり前のことだった。
怒ることそのものが悪いわけではない。
反論することそのものが悪いわけでもない。
自分を守ることだって、本来なら必要なはずだ。
それでも。
法務官は静かに告げた。
「……ですが、社会的な観点から見れば、あなたの性質には問題があります」
「社会的な観点?」
「他者との衝突を生みやすい。感情的になりやすい。命令的な言動も多い」
「つまり?」
悪役レティシアが尋ねる。
法務官は、ほんの少しだけ目を伏せた。
「社会的に問題のある人格、と判断せざるを得ません」
「……人格」
その言葉を、悪役レティシアは繰り返した。
自分も。
人格なのだ。
なのに。
「悪い人格」
そう決められてしまう。
悪役レティシアは小さく息を吐いた。
「ずいぶん便利な言葉ね」
誰も返さない。
「怒るから悪い」
「反論するから悪い」
「自分を曲げないから悪い」
指を一本ずつ折りながら、淡々と言う。
「だったら、何も言わないほうがいい」
「何でも笑って受け入れて」
「嫌なことも我慢して」
「そうすれば、“良い人”になれる」
視線が、令嬢レティシアへ向く。
そこには、穏やかな笑顔がある。
誰にでも優しい。
誰にも怒らない。
何を言われても受け入れる。
悪役レティシアは、その姿をしばらく見つめた。
そして。
「……なるほど」
小さく呟いた。
「そういうことなのね」
笑ってはいなかった。
怒ってもいなかった。
ただ、少しだけ寂しそうだった。




