Scene 12 「本当の君」
――その頃。
王城の庭園。
アルベルトは、令嬢レティシアと並んで歩いていた。
穏やかな午後だった。
以前なら、何か一つ意見が食い違えば、レティシアはきっと言い返していた。
けれど今は違う。
何を言われても微笑んでいる。
アルベルトは、そんな彼女を見ながら、ふと足を止めた。
「レティシア」
「はい?」
振り返る彼女に、アルベルトは微笑む。
「僕は、今の君が好きだよ」
「…………」
レティシアは少し驚いたように目を瞬かせた。
それから、嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます」
その笑顔を見て、アルベルトも安心したように笑った。
「もう、昔みたいに無理をする必要はない」
「…………」
その言葉に。
レティシアは、ほんの少しだけ目を伏せた。
(昔の私は……無理をしていたのかしら?)
分からない。
確かに、以前の自分はよく怒っていた。
人に厳しいことを言った。
自分の意見を曲げなかった。
だから、嫌われた。
けれど今は違う。
誰からも嫌われない。
誰にも怒られない。
皆が笑ってくれる。
アルベルトも。
クラリスも。
貴族たちも。
みんな、自分を好きだと言ってくれる。
だったら。
「……これでいいんですわ」
レティシアは、小さく呟いた。
その笑顔には、迷いがなかった。
――少なくとも、彼女自身はそう思っていた。
* * *
同じ夜。
侯爵家では、辺境へ向かう荷物がまとめられていた。
「この荷物は馬車へ」
「分かりました」
ニーナが指示を出している横で、悪役レティシアは窓の外を眺めていた。
「…………」
しばらく黙っていたが。
「……絶対、あいつは何か勘違いしてる」
「何をです?」
ニーナが振り返る。
レティシアは窓の外を見たまま答えた。
「『嫌われないこと』と『幸せなこと』は、同じじゃないってことよ」
「…………」
ニーナは何も言わなかった。
レティシアも、それ以上は続けない。
ただ。
ほんの少しだけ、口元を緩めた。
「……まあ」
「?」
「本人が気づくまで、放っておけばいいわ」
「そうですか」
「そうよ」
そう言って、レティシアは窓の外へ視線を戻す。
王都の明かり。
その向こうには、もう一人の自分がいる。
自分とは違う道を歩き始めた、もう一人のレティシア。
――この時。
まだ二人は知らなかった。
王都で歓迎される令嬢レティシアと。
辺境へ追放される悪役レティシア。
二人の人生が。
これから、まったく違う方向へ進み始めることを。
そして――
それぞれの場所で。
それぞれのやり方で。
「レティシア」として、生きていくことになることを。
――第3話・続く。




