Scene 9 クラリスの違和感
――それから、しばらくして。
クラリスは、令嬢レティシアのことをよく見るようになっていた。
最初は、ただそう思っていた。
(なんて優しい人なんだろう)
以前の印象とは、まるで違う。
何を言っても怒らない。
嫌なことを言われても笑っている。
お願いをすれば、いつだって快く引き受けてくれる。
――誰に対しても優しい。
だからこそ。
クラリスは、少しずつ気づき始めていた。
「レティシア様。こちらの件ですが、こうしたほうがよろしいのでは?」
「まあ、そうですわね」
「では、こちらをお願いしても?」
「ええ、構いませんわ」
「少し無理なお願いなのですが……」
「大丈夫ですわ」
何を言っても。
何を頼んでも。
レティシアは否定しない。
そしてある日。
クラリス自身が明らかに間違ったことを言ってしまった。
「あ……」
しまった、とクラリスが思う。
けれど。
レティシアは、いつものように微笑んだ。
「そうですわね」
その瞬間。
クラリスは、ふと黙り込んだ。
(……あれ?)
胸の奥に、引っかかるものがあった。
以前のレティシアなら。
きっと何か言っていた。
「それは違いますわ」
そう言って。
自分の考えをはっきり伝えていたはずだ。
もちろん、その言い方がきついこともあった。
だからこそ――
今のレティシアは、あまりにも違う。
クラリスは、しばらく迷ってから口を開いた。
「……レティシア様」
「はい?」
「本当に、それでいいんですか?」
「え?」
レティシアが目を瞬かせる。
クラリスは言葉を探した。
「なんだか……」
「はい」
「前より、レティシア様自身が何をしたいのか分からなくて」
「…………」
レティシアの笑顔が止まった。
ほんの一瞬。
その瞳から、何かが揺らいだように見えた。
けれど。
すぐに、いつもの優しい笑顔へ戻る。
「まあ」
そして、穏やかに微笑んだ。
「私は皆様と仲良くできれば、それで幸せですわ」
「…………」
クラリスは、その笑顔を見つめる。
優しい。
穏やかで。
誰からも好かれる。
以前、自分が憧れた通りのレティシアだ。
だから。
クラリスは笑うしかなかった。
「……そう、ですよね」
「ええ」
レティシアは嬉しそうに頷く。
けれど。
クラリスの胸に残った違和感は、消えなかった。
(……本当に、それだけなのかな)
何かがおかしい。
そう思う。
けれど、それが何なのか。
まだクラリスには分からなかった。




