Scene 7 悪役レティシアの分析
――数日後。
侯爵家には、王都から次々と噂が届いていた。
「クラリス様は、もう一人のレティシア様に大変感激されたそうです」
ニーナが報告する。
悪役レティシアは、ソファに座ったまま紅茶を飲んでいた。
「ふうん」
「アルベルト殿下も、大変お喜びだとか」
「そう」
「貴族の方々も、皆さん口を揃えて褒めているそうです」
「へえ」
一つ一つの報告に、レティシアは淡々と返していく。
だが。
「そして最近では――」
ニーナが少しだけ言葉を選んだ。
「『本当のレティシアは、あちらだった』とまで言われているそうです」
「…………」
ぴたり。
紅茶を飲む手が止まった。
「……なるほどね」
「何か分かりましたか?」
「分かったというより、簡単な話よ」
レティシアはカップを置く。
そして、少しだけ目を細めた。
「私がいなくなったから、あいつは誰にも嫌われなくなった」
「はい」
ニーナは素直に頷いた。
「私が怒らない部分だけになった」
「はい」
「人に逆らわない。嫌なことを言わない。相手の望むことをしてあげる」
「……そうですね」
「そりゃあ、好かれるでしょうね」
レティシアは肩をすくめる。
それだけなら、何も不思議ではない。
むしろ当然だ。
自分がいなくなったことで、もう一人の自分は皆から愛されるようになった。
話としては、あまりにも簡単だった。
――けれど。
レティシアは、そこで黙った。
「…………」
何かが引っかかる。
何が、とは上手く言えない。
ただ。
王都の噂を聞いているうちに、胸の奥に小さな違和感が積もっていく。
「……でも」
ぽつり。
ニーナが顔を上げる。
レティシアは窓の外を見たまま、少し考えていた。
「それって……本当に、あいつが幸せなのかしら?」
ニーナが瞬きをする。
レティシア自身も、言ってから少し驚いた。
そんなことを考えるなんて。
あの女が誰に好かれようが、自分には関係ない。
そう思っていたはずなのに。
「…………」
レティシアは眉を寄せる。
「別に」
「はい?」
「別に、心配してるわけじゃないわよ」
「まだ何も言ってませんが」
「言いそうだったから先に言ったの」
「そうですか」
ニーナは淡々と頷いた。
「では、そういうことにしておきます」
「何よ、その言い方」
「いえ」
「絶対何か思ってるでしょう」
「何も」
「……あなた、最近ちょっと生意気になってない?」
「お嬢様に似たのかもしれません」
「誰に似たって?」
「…………」
ニーナは黙った。
レティシアも黙る。
しばしの沈黙。
やがてレティシアは、ふいと顔を背けた。
「……まあ、いいわ」
そして、誰にも聞こえないような声で。
「ちゃんと、自分のことも大事にしてればいいんだけど」
その呟きだけは。
いつもの彼女らしくなかった。




