Scene 3 アルベルトも喜ぶ
数日後。
王城の庭園で。
令嬢レティシアは、アルベルトと向かい合っていた。
以前なら。
この二人がこうして話すだけで、どこか張り詰めた空気があった。
アルベルトが何かを言えば。
レティシアが眉をひそめる。
「アルベルト様、それでは話が進みませんわ」
そんなやり取りも、珍しくなかった。
けれど。
今日は違う。
「最近、少し忙しくてね」
アルベルトが苦笑する。
「皆から色々な相談を持ちかけられるんだけど、どうするべきなのか迷ってしまって」
「そうですわね」
レティシアは微笑んだ。
「アルベルト様のお考えも、よく分かりますわ」
「……本当に?」
「ええ」
レティシアは穏やかに頷く。
「皆様のお気持ちを考えてしまうのでしょう?」
「そうなんだ」
アルベルトは、ほっとしたように笑った。
「そう。誰か一人を選ぶと、別の誰かが傷つくかもしれないと思うと……なかなか決められなくて」
「そうですわね」
「やっぱり、君は分かってくれるんだね」
アルベルトは嬉しそうだった。
以前なら。
ここでレティシアは何かを言っていたかもしれない。
『ですが、決断しなければならない時もありますわ』
『アルベルト様ご自身がお決めになるべきでは?』
そんな言葉を。
けれど。
今のレティシアは、ただ微笑んでいる。
「アルベルト様がお優しいからこそ、悩んでしまわれるのでしょうね」
「……レティシア」
アルベルトの表情が、さらに柔らかくなる。
「やっと……」
その声に。
レティシアが顔を上げた。
「はい?」
アルベルトは、少しだけ照れたように笑った。
「やっと、本当の君に会えた気がする」
「……本当の……私?」
レティシアは目を瞬かせた。
アルベルトは頷く。
「うん」
そして。
少し懐かしそうに目を細める。
「昔の君は、いつも何かに怒っていた気がする」
「……」
レティシアは黙った。
「僕が何かを決めようとすると反対して」
「……そうでしたわね」
「何か問題があると、すぐに指摘して」
「……」
「正しいことを言っているのは分かっていたんだけど……」
アルベルトは苦笑する。
「どうしても、君と話すと緊張してしまっていたんだ」
レティシアは俯いた。
胸の奥に。
小さな痛みが走った。
けれど。
アルベルトは続ける。
「でも、今の君は笑っている」
「……」
「僕は、その方が嬉しいよ」
レティシアは顔を上げる。
アルベルトは、本当に嬉しそうだった。
「そうですわね」
レティシアは微笑んだ。
「私も……今の方が楽しいですわ」
アルベルトは安心したように息を吐いた。
「よかった」
そして。
少しだけ間を置いて。
「これなら、もう一度――」
「……?」
レティシアが首を傾げる。
アルベルトは、その先を言わなかった。
ただ。
以前の二人の間にあったものを。
もう一度取り戻せるのではないか。
そんな期待だけが、その瞳に浮かんでいた。
レティシアにも、それが分かった。
けれど。
彼女は何も言わなかった。
ただ。
穏やかに微笑んだ。
(……これで)
(これで、皆様と仲良くできますわ)
アルベルトが笑う。
レティシアも笑う。
庭園には、穏やかな風が吹いていた。
まるで。
二人の間にあった問題など、最初から存在しなかったかのように。
――ただ一つ。
レティシア自身も、まだ気づいていなかった。
以前の彼女が持っていたものを。
何一つ取り戻すつもりがないことに。




