第3話 歓迎されるレティシア Scene 1 王都の評判が変わる
王城での一件から、数日が経った。
王都では今も、あの日の話題が尽きることはなかった。
ただし。
少し前までとは、話の内容が変わっている。
「ねえ、聞きまして?」
「ええ。レティシア様のことでしょう?」
「あの方、実はとてもお優しい方だったそうですわ」
「まあ……そうなの?」
以前までなら。
レティシア・ヴァレンフォールといえば。
「冷たい令嬢」
「高慢な悪役令嬢」
「クラリス様をいじめていた方」
そんな噂ばかりが飛び交っていた。
誰かが彼女の名前を口にすれば、決まって眉をひそめる者がいたほどだ。
ところが。
今は違う。
「先日、街でお見かけしたのですけれど、とても丁寧に挨拶してくださいましたの」
「私にもですわ!」
「それに、困っていた子供に声をかけていらして……」
「まあ。なんてお優しい方なの」
評判は。
まるで別人のように変わっていた。
――そして、その中心にいるのが。
令嬢レティシアだった。
王都の大通り。
馬車から降りた彼女の姿を見つけると、近くにいた貴族の令嬢たちが駆け寄ってくる。
「まあ、レティシア様!」
「ごきげんよう」
レティシアはいつものように、穏やかな笑顔を浮かべた。
「ごきげんよう、皆様」
その声を聞いただけで、令嬢たちは嬉しそうに顔を見合わせる。
「本当にお優しい声ですわね」
「ええ。以前は少し近寄りがたいと思っていたのですけれど……」
「私もですわ」
その言葉に。
レティシアは、ほんの少しだけ目を瞬かせた。
「まあ……」
驚いたように彼女たちを見る。
「皆様、そんなふうに思っていらしたのですね」
以前のレティシアなら。
きっと反射的に否定していた。
『そんなことありませんわ』
『誤解です』
『私はそのような人間ではありません』
そう言って。
自分が悪く見られていることに、必死になって反論していたはずだ。
けれど。
今のレティシアは違った。
「……ふふ」
小さく笑う。
「これから仲良くしていただければ嬉しいですわ」
「まあ……!」
「レティシア様……!」
「本当にお優しい……!」
令嬢たちの表情が、一気に明るくなる。
「もちろんですわ!」
「ぜひ、お茶会にもいらしてくださいませ!」
「私の家でもぜひ!」
次々と声をかけられ。
レティシアは少し困ったように笑った。
「まあ。皆様、そんなに一度におっしゃられては困ってしまいますわ」
その言葉すら。
「まあ、可愛らしい!」
「以前とは本当に印象が違いますわね」
「ええ!」
好意的に受け取られる。
レティシアは、その様子を見ながら。
胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じていた。
(……嬉しい)
今まで。
人と話すときは、いつもどこか緊張していた。
何か余計なことを言ってしまわないか。
相手を怒らせないか。
嫌われないか。
そんなことばかり考えていた。
けれど。
今は違う。
笑えば、笑い返してくれる。
優しくすれば、優しく返してくれる。
誰も自分を怖がらない。
誰も自分を責めない。
誰も――
『悪役令嬢』とは呼ばない。
「レティシア様」
「はい?」
「またお会いしましょうね」
「ええ。もちろんですわ」
令嬢たちと別れ。
一人になったレティシアは、静かに歩き始める。
その口元には。
自然な笑みが浮かんでいた。
(これなら……)
胸に手を添える。
(これなら、皆様と仲良くできますわ)
少しだけ歩いて。
レティシアは、ふと空を見上げた。
王都の空は、いつもと変わらない。
なのに。
以前より、ずっと明るく見えた。
「……これで」
小さく呟く。
「これで、もう……」
誰にも聞こえない声で。
レティシアは笑った。
(これなら、もう嫌われなくて済む)
――その笑顔は。
これまでの彼女が見せたことのないほど、穏やかだった。




