Scene 18 次の問題
話が一段落したところで。
侯爵は、深く息を吐いた。
そして。
それまでとは少し違う、真剣な顔で二人を見た。
「しかし……問題はこれからだ」
「?」
「……?」
二人のレティシアが、同時に侯爵を見る。
侯爵は一度だけ目を閉じ、それから静かに告げた。
「昨日、王城で婚約破棄と追放が決まった」
その言葉に。
令嬢レティシアが黙った。
悪役レティシアも黙った。
部屋の空気が、わずかに重くなる。
そうだった。
昨日。
自分たちは王城で断罪された。
第一王子アルベルトとの婚約を破棄され。
そして、王都から遠く離れた辺境へ追放されることが決まったのだ。
令嬢レティシアは、膝の上で手を握る。
(……追放)
その言葉を思い出すだけで、胸がざわついた。
悪役レティシアも、腕を組んだ。
「……それがどうしたのよ」
強がるような声だった。
侯爵は二人を見比べる。
そして。
非常に言いにくそうに口を開いた。
「つまり――」
一拍。
「この二人のうち、どちらが追放されるのか?」
「…………」
「…………」
部屋が凍った。
誰も何も言わない。
窓の外で鳥が鳴いた。
やけに平和な声だった。
(いや、今そこを決めるの?)
令嬢レティシアは思った。
(……知らないわよ)
悪役レティシアも思った。
侯爵は頭を抱える。
「王城から届いた書状には、確かにこうある」
机の上に置かれた書状を指差す。
「『レティシア・ヴァレンフォールは王太子との婚約を破棄され、辺境へ追放する』」
「……」
「……」
二人の視線が、ゆっくりと交差する。
令嬢レティシアが、悪役レティシアを見る。
悪役レティシアも、令嬢レティシアを見る。
数秒。
そして。
「……あなたでしょう?」
「は?」
「昨日、悪役令嬢と呼ばれていたのはあなたでしょう?」
「だから何よ」
「追放されるのは、普通に考えればあなたでは?」
「普通に考えれば?」
悪役レティシアの眉がぴくりと動く。
「じゃあ聞くけど」
彼女は令嬢レティシアを指差した。
「お前はレティシアじゃないの?」
「……レティシアですわ」
「私もレティシアよ」
「…………」
「…………」
二人とも黙った。
侯爵も黙った。
(どうするんだ、これ……)
父親としては、どちらか一人を選ぶなどできるはずもない。
そもそも。
目の前にいる二人は、どちらも自分の娘なのだ。
顔も。
声も。
幼い頃からの記憶も。
家族との思い出も。
何一つとして偽物ではない。
ならば。
「……法的には、非常に面倒なことになっているな」
侯爵が呟いた。
「そうですわね……」
令嬢レティシアも頷く。
「面倒どころじゃないでしょう」
悪役レティシアが呆れたように言った。
「私たち、どっちもレティシアなんだから」
「その通りだ」
侯爵は深く頷いた。
「だからこそ、すぐには決められん」
その言葉に。
二人が同時に侯爵を見る。
令嬢レティシアは、少しだけ不安そうに。
悪役レティシアは、警戒するように。
そして。
令嬢レティシアが静かに口を開いた。
「……私は、お父様の娘ですわ」
悪役レティシアも続ける。
「私もよ」
侯爵。
「…………」
侯爵は二人を見た。
本当に。
どう見ても、どちらも娘だった。
――そして。
エレノアが、静かに微笑んだ。
「なら――」
二人を見る。
「二人とも、私たちの娘でしょう?」
令嬢レティシアが目を瞬かせる。
悪役レティシアも、少しだけ目を見開いた。
母の言葉は。
あまりにも自然だった。
どちらか一人を選ぶ必要などない。
少なくとも。
母にとっては、最初からそうだった。
「お母様……」
令嬢レティシアの声が、少しだけ柔らかくなる。
悪役レティシアは、気まずそうに顔を逸らした。
「……そういうところだけは、ずるいわね」
「ふふ。褒め言葉として受け取っておくわ」
「褒めてないわよ」
「まあ」
エレノアは楽しそうに笑った。
そして。
二人のレティシアを見る。
二人も互いを見る。
数秒。
「「…………」」
そして。
まったく同じタイミングで。
「「……でも、こいつは嫌です」」
「…………」
「…………」
侯爵が固まった。
エレノアが瞬きをする。
そして。
「あら」
嬉しそうだった。
侯爵は額を押さえた。
「そこは一致するのか……」
「「当然ですわ!」」
「「当然でしょう!」」
またしても。
声が重なった。
二人は互いを睨む。
同じ顔で。
同じ声で。
まったく違う表情を浮かべながら。
――こうして。
レティシア・ヴァレンフォールは。
二人になった。
そして。
その二人を待っているのは。
「婚約破棄」と「追放」という、極めて現実的な問題だった。
……どちらが追放されるのか。
それはまだ。
誰にも分からない。
――第2話・終




