Scene 15 私はいらない存在?
「……だったら」
悪役レティシアが、ぽつりと言った。
誰もすぐには反応しなかった。
彼女は窓の方を見たまま。
まるで。
たいしたことではないような声で続ける。
「私は」
少しだけ間を置いた。
「消えるべきなんでしょう?」
「……!」
令嬢レティシアが顔を上げた。
「違います!」
あまりにも早い返事だった。
悪役レティシアが、ゆっくりと振り返る。
「……何が?」
「何がって」
令嬢レティシアは、少し慌てた。
「今の話ですわ!」
「だから、何が違うのよ」
悪役レティシアは首を傾げる。
「魔女は、私の嫌な部分をなくすって言った」
「……」
「そして私たちは二人になった」
「……」
「なら」
悪役レティシアは、自分を指差した。
「私は、消されるはずだったものじゃない」
令嬢レティシアの表情が曇る。
「それは……」
「消えるべきだったものが、間違って残った」
「違います!」
また。
令嬢レティシアが強く否定した。
部屋の中にいた全員が。
わずかに驚いた。
令嬢レティシア自身も。
自分の声の大きさに驚いたようだった。
「……」
悪役レティシアが、黙って彼女を見る。
「……違うなら」
「はい」
「何が違うの?」
「…………」
令嬢レティシアは。
言葉に詰まった。
昨日までの自分は。
確かに。
自分の嫌なところをなくしてほしいと願った。
目の前にいる彼女が。
その「嫌な部分」なのだとしたら。
その存在を。
「いらない」
と思っていたことになる。
「あなたが」
令嬢レティシアは。
慎重に言葉を選んだ。
「……嫌な部分だとしても」
悪役レティシアの眉が、わずかに動く。
「それだけで」
令嬢レティシアは続ける。
「いらない存在だとは思いませんわ」
「…………」
悪役レティシアは。
しばらく何も言わなかった。
意外そうな顔だった。
まるで。
そんな答えが返ってくるとは思っていなかったように。
「……ふうん」
やがて。
それだけ言った。
「ふうん、とは何ですの」
「別に」
「別にって」
「驚いただけよ」
「……驚いた?」
「ええ」
悪役レティシアは。
令嬢レティシアをじっと見た。
「私はてっきり」
「?」
「『そうですわね』って言うと思った」
「言いませんわ!」
「昨日のあなたなら言ってたかもしれないじゃない」
「言いません!」
「どうだか」
「言いません!」
「はいはい」
「その返事は何ですの!」
「本当に仲良くなる気ないわね、あなた」
「誰のせいですの!」
「私?」
「あなたですわ!」
「私は何もしてないでしょう!」
「その態度です!」
「態度で怒られるの、理不尽じゃない!?」
二人の声が大きくなる。
「レティシア」
エレノアが呼んだ。
二人が同時に振り返る。
「「何ですの?」」
「……」
「……」
二人は。
ゆっくりと顔を見合わせた。
「また真似しましたわね」
「そっちが先に言ったんでしょう」
「言っていません!」
「言ったわよ!」
「聞いていたのですか!?」
「同じ声だから嫌でも聞こえるのよ!」
「でしたら、少し静かにしてください!」
「それはこっちの台詞よ!」
「二人とも」
「「はい」」
ぴたり。
二人が黙った。
エレノアは。
少しだけ笑っていた。
「仲がいいわね」
「「よくありません!」」
「ほら」
「「……」」
二人は。
同時に口を閉じた。
その様子を見ていた侯爵が。
深々とため息をつく。
「……エレノア」
「はい」
「本当に、昔からこうだったか?」
「ええ」
「記憶にないのだが」
「あなたが気づいていなかっただけです」
「そうか……」
侯爵は。
二人の娘を見た。
「…………」
そして。
ほんの少しだけ。
口元を緩めた。
二人は相変わらず。
互いを睨んでいる。
仲良くなる気配は。
まったくない。
けれど。
さっきまでとは。
ほんの少しだけ違っていた。
悪役レティシアは。
令嬢レティシアを見る。
(……いらないとは思わない、ね)
その言葉が。
妙に頭から離れなかった。
一方で。
令嬢レティシアも。
悪役レティシアを横目で見ていた。
(消えるべき、なんて)
そんなふうに。
自分自身を言ってほしくなかった。
昨日まで。
確かに。
自分は彼女のような部分を嫌っていた。
けれど。
だからといって。
目の前にいる彼女が。
消えていい存在になるわけではない。
「……」
「……」
二人の視線が。
再びぶつかる。
「何よ」
「何ですの」
「別に」
「でしたら見ないでください」
「そっちこそ」
「……」
「……」
やはり。
仲良くはならない。
けれど。
ほんの少しだけ。
お互いを。
「知らない誰か」ではなく。
自分と無関係ではない存在として。
見始めていた。




