Scene 14 「悪役部分」はどちら?
「…………」
魔女エルヴィラの呪い。
自分の嫌な部分をなくしてほしいと願った。
その結果。
一人だったレティシアは。
二人になった。
「…………」
令嬢レティシアは、自分の手を見つめていた。
そして。
恐る恐る口を開く。
「……では」
誰も返事をしない。
「この中の……」
隣にいる。
もう一人の自分を見る。
「どちらかが……」
言葉が止まった。
その先を。
どうしても言えなかった。
「…………」
悪役レティシアは、じっと彼女を見ていた。
そして。
小さく息を吐く。
「『嫌な部分』ってこと?」
「……!」
令嬢レティシアが顔を上げる。
悪役レティシアは、少し笑った。
「言いたいこと、それでしょう?」
「そんな……」
「違う?」
「……」
答えられなかった。
その沈黙だけで。
十分だった。
「なるほどね」
悪役レティシアは、ゆっくりと笑った。
けれど。
その笑顔は。
さっきまでのような強気なものではなかった。
どこか。
自分を嘲笑うような。
「つまり」
悪役レティシアは、自分を指差した。
「私は」
少し間を置く。
「あなたの『嫌なところ』ってわけか」
「そんなつもりではありません!」
令嬢レティシアが慌てて言った。
「私は、ただ……!」
「ただ?」
「……」
言葉が続かない。
悪役レティシアは笑ったまま。
「でも」
静かに言った。
「魔女は、そう言ったんでしょう?」
「…………」
「あなたが嫌いな部分をなくしてあげるって」
「…………」
「そして、あなたは」
令嬢レティシアを見る。
「お願いした」
「……」
令嬢レティシアは。
何も言えなかった。
悪役レティシアが言っていることは。
間違っていない。
昨日までの自分は。
確かにそう願った。
怒る自分。
譲れない自分。
負けず嫌いな自分。
嫌われることを恐れながら。
それでも。
自分の意見を曲げられない自分。
そんな自分を。
「嫌だ」と思った。
そして。
なくしてほしいと願った。
「…………」
令嬢レティシアは唇を噛んだ。
「ですが」
必死に言葉を探す。
「あなたが、そのすべてだとは……」
「違うの?」
「それは……」
また。
答えられなかった。
悪役レティシアは、少しだけ目を伏せる。
「だったら」
ぽつりと呟いた。
「簡単じゃない」
「……?」
令嬢レティシアが顔を上げる。
悪役レティシアは。
先ほどまでと変わらない声で。
まるで。
大したことではないように言った。
「私が、あなたの嫌な部分なら」
自分の胸を指差す。
「いらないんでしょう?」
「……!」
「消したかったんでしょう?」
「違います!」
令嬢レティシアが思わず叫んだ。
悪役レティシアが目を瞬く。
「……違う?」
「私は……」
令嬢レティシアは、言葉に詰まった。
昨日までの自分なら。
何と言っただろう。
「いらないわけではありません」
そう言えばいい。
けれど。
それでは。
昨日、自分が願ったことと矛盾する。
「私は……」
令嬢レティシアは。
目の前の自分を見つめる。
同じ顔。
同じ人生。
同じ記憶。
そして。
昨日まで。
確かに。
自分の一部だった。
「……分かりません」
令嬢レティシアは。
正直に答えた。
悪役レティシアの表情が。
わずかに動いた。
「……分からない?」
「ええ」
令嬢レティシアは、小さく頷く。
「昨日の私は」
自分の胸元に手を当てる。
「あなたのような部分を、嫌っていたのだと思います」
「…………」
「でも」
顔を上げる。
「今、目の前にいるあなたを見て」
少しだけ。
声が震える。
「『嫌いな部分だから消えてしまえばいい』とは……思えません」
「…………」
悪役レティシアは何も言わなかった。
令嬢レティシアも。
それ以上、何も言えなかった。
二人の間に。
静かな沈黙が落ちる。
そのとき。
「レティシア」
エレノアが静かに呼んだ。
二人が振り向く。
「どちらのレティシアも」
母親は、ゆっくりと言った。
「今は、ここにいるのでしょう?」
「……」
「……」
「でしたら」
エレノアは二人を見る。
「『いらない部分』だと決めるのは、早すぎるのではないかしら」
「…………」
悪役レティシアの目が。
ほんの少しだけ揺れた。
しかし。
すぐに視線を逸らす。
「……優しいこと言うのね」
「母親ですもの」
「ふん」
悪役レティシアは、小さく鼻を鳴らした。
けれど。
その声には。
いつもの勢いがなかった。
令嬢レティシアは。
そんな彼女を見つめる。
そして。
胸の奥に。
奇妙な痛みを感じていた。
昨日まで。
自分は確かに願った。
嫌な部分を。
なくしてほしいと。
けれど。
もし。
目の前の少女が。
その「嫌な部分」なのだとしたら。
――私は昨日。
自分自身を。
いらないと言ったことになる。
そのことに。
令嬢レティシアは。
初めて気づいた。




