↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢レティシア、二人になりました  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/176

Scene 3 レティシアの反論

「……以上が、レティシア・ヴァレンフォール侯爵令嬢に対する主な告発内容です」


 文官が書類を閉じた。


 ぱたん、と。


 その小さな音が、妙に大きく大広間へ響いた。


 しばらくの沈黙。


 誰も何も言わない。


 おそらく、次を待っているのだろう。


 レティシアが罪を認めるのか。


 泣き崩れるのか。


 あるいは、怒り出すのか。


 そんな期待が、周囲の視線から伝わってくる。


 レティシアはゆっくりと息を吸った。


「お待ちください」


 その一言で。


 大広間が静まった。


 文官が怪訝そうに眉を寄せる。


「何でしょうか」


「いくつか確認したいことがありますわ」


 レティシアは一歩、前へ出た。


 かつん、と。


 靴音が白い大理石の床に響く。


「まず、クラリス様への嫌がらせについて」


 文官を見る。


「証拠は?」


「……先ほど申し上げました通り、複数の証言が――」


「証言ではなく、証拠を伺っています」


「…………」


「私がクラリス様の私物を隠したというのであれば」


 レティシアは続ける。


「誰が、それを見たのですか?」


 文官は答えない。


「その人物は、いつ、どこで私が私物を隠したところを見たのでしょう?」


「証言者の身元については――」


「では、証人はいらっしゃらない?」


「そういうわけではありません」


「でしたら、お呼びください」


「…………」


 沈黙。


 先ほどまで小声で囁き合っていた貴族たちも、いつの間にか口を閉ざしていた。


 レティシアは、さらに一歩前へ進む。


「次に」


 その声は、決して大きくない。


 しかし、不思議なほど大広間の隅々まで届いた。


「クラリス様を社交界で侮辱した、という件について」


 クラリスを見る。


 彼女はびくりと肩を震わせた。


「私は、いつ」


「どこで」


「どのような言葉で」


 ゆっくりと、一つずつ尋ねる。


「クラリス様を侮辱したのでしょう?」


「それは……」


 今度は文官が言葉に詰まった。


 レティシアは視線を逸らさない。


「証言があるのでしょう?」


「……あります」


「でしたら、その内容を」


「現時点では、詳細については――」


「なぜ?」


 レティシアの声が、わずかに低くなった。


 大広間の空気が変わる。


「私は、今」


 レティシアは自分自身を指さした。


「罪を問われています」


「それにもかかわらず」


「何をしたのか、具体的な証拠も」


「誰が私を見たのかも」


「どのような証言があったのかも」


「何一つ教えていただけない」


 文官は何も言えない。


「……それで、私に何をしろと?」


 沈黙。


「反論せずに罪を認めろ、と?」


 大広間のどこかで、誰かが息を呑んだ。


 レティシアはそこで初めて、周囲を見回した。


 一人。


 また一人。


 視線が逸らされる。


 先ほどまで彼女を「悪役令嬢」と呼んでいた者たちが、何も言わない。


(……やはり)


 レティシアは確信した。


(最初から、聞くつもりなどないのですわね)


 ならば。


 こちらも遠慮する必要はない。


「そして」


 レティシアは再び正面を向いた。


「アルベルト殿下への侮辱について」


 今度は、直接アルベルトを見る。


「私が申し上げた言葉について」


 アルベルトの表情がわずかに曇った。


「全文を確認しましたか?」


「レティシア……」


「確認しましたか?」


 アルベルトは答えない。


「殿下」


 レティシアの声が静かに響く。


「私は質問しております」


 ぴたり、と。


 空気が凍りついた。


 大広間にいる全員が息を止めたようだった。


 王子に対して。


 しかも大勢の貴族の前で。


 ここまで真正面から言葉をぶつける令嬢など、ほとんどいない。


 けれど、レティシアは怒鳴っていない。


 声を荒らげてもいない。


 ただ。


 質問をしているだけだ。


 答えてほしい。


 それだけだ。


「私は確かに、殿下に申し上げました」


 レティシアは続ける。


「決断を他人に任せることは、優しさではない、と」


 アルベルトが視線を伏せる。


「ですが、その前後の会話を」


「皆様は、きちんとご存じなのでしょうか?」


 誰も答えない。


「私は殿下を愚かだと言いましたか?」


「無能だと?」


「王族として相応しくないと?」


 一つ。


 また一つ。


 レティシアの質問が重ねられていく。


「言っておりません」


 自分で答える。


「私はただ」


 アルベルトを見る。


「殿下に、ご自身で決断していただきたかった」


 その言葉に。


 アルベルトの表情が、苦しそうに歪んだ。


 レティシアは気づく。


 気づいてしまった。


 彼も覚えている。


 あの日、自分が何を言ったのか。


 そして。


 自分が殿下を侮辱したわけではないことも。


「殿下」


「…………」


「私は、間違っていますか?」


 アルベルトは答えない。


 ただ。


 何かを言おうとして、唇を開く。


「レティシア、僕は……」


「殿下」


 レティシアは、そこで言葉を遮った。


「今は、お答えください」


 アルベルトの目が揺れる。


「私は、あなたを侮辱しましたか?」


 長い沈黙。


 レティシアは待った。


 今度こそ。


 答えを。


 しかし。


「……レティシア」


 アルベルトは、ゆっくりと顔を上げた。


 その表情は。


 レティシアがよく知っているものだった。


 困ったとき。


 誰かを傷つけたくないとき。


 そして、自分で決断できないときの顔。


「その話は……今は関係ない」


 レティシアは目を瞬いた。


「……関係ない?」


「君が、これまで多くの人を傷つけてきたことは事実なんだ」


「誰を?」


「……」


「誰を、私は傷つけましたか?」


「レティシア」


「具体的に申し上げてください」


 アルベルトは答えない。


 その沈黙が。


 レティシアには、何よりも雄弁な答えに思えた。


 だから。


 彼女は小さく息を吐いた。


「そうですか」


 そして。


 ほんの少しだけ、口元を歪める。


 笑ったようにも見えた。


 しかし。


 その目は笑っていなかった。


「よく分かりましたわ」


 レティシアは再び、文官へ視線を向ける。


「つまり、私が何をしたのか」


「誰が見たのか」


「どのような証拠があるのか」


「それらは、何一つ明かされないまま」


 ゆっくりと告げる。


「皆様は、私を罪人にするおつもりなのですね」


 誰も答えなかった。


 その沈黙を聞いて。


 レティシアは初めて。


 本当に、少しだけ怒った。


「――でしたら」


 静かな声だった。


 けれど。


 先ほどまでとは違う。


「どうぞ、お続けくださいな」


 レティシアは背筋を伸ばした。


「皆様が、どれほど立派な断罪をなさるのか」


「最後まで拝見させていただきますわ」


 その瞬間。


 大広間にいる誰もが思った。


 ――やはり。


 ――この女は。


 ――怖い。


 けれど。


 その場で唯一。


 レティシア自身だけが気づいていなかった。


 自分が今。


 誰よりも、正しいことを言っていたということに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。