Scene 2 罪状の読み上げ
「これより、レティシア・ヴァレンフォール侯爵令嬢に対する告発を読み上げます」
大広間に、乾いた声が響いた。
レティシアの正面。
王家の紋章が刻まれた演台の前に、一人の文官が立っている。
手には分厚い書類の束。
どうやら、ずいぶんと大がかりなものを用意したらしい。
(……私、そこまで悪いことをしましたかしら)
レティシアは内心で首を傾げた。
文官は淡々と紙をめくる。
「第一の罪」
その言葉と同時に、大広間の空気がわずかに張り詰めた。
「クラリス・フォン・エーデル嬢に対する、継続的な嫌がらせ」
レティシアはクラリスを見る。
クラリスはびくりと肩を震わせ、すぐに視線を伏せた。
「被告人はクラリス嬢の私物を隠し、授業で使用する教本を持ち去った」
「…………」
「さらに、社交界においてクラリス嬢を侮辱する発言を繰り返し、令嬢としての名誉を著しく傷つけた」
周囲から小さなどよめきが起こる。
レティシアは黙って聞いていた。
「また、クラリス嬢がアルベルト殿下と面会することを妨害し――」
「お待ちください」
レティシアが口を開いた。
文官の声が止まる。
「……何でしょうか」
「今、私がクラリス様の私物を隠した、とおっしゃいましたね?」
「はい」
「いつですの?」
「……」
「どこで?」
「…………」
「そして、誰がそれを見たのですか?」
文官は手元の書類へ視線を落とした。
「証言がございます」
「誰の?」
「複数の証言者が――」
「名前を伺っても?」
沈黙。
レティシアはじっと文官を見る。
文官は困ったように咳払いをした。
「証言者の保護のため、現時点では公開できません」
「まあ」
レティシアは小さく首を傾げた。
「では、私には反論することもできませんわね」
嫌味ではない。
ただ事実を述べただけだった。
それでも大広間の空気が重くなる。
文官はレティシアの言葉を無視するように、次の紙へ進んだ。
「次に、クラリス嬢への侮辱について」
「それも覚えがありません」
「証言があります」
「どのような発言を?」
「クラリス嬢を、王族に近づくためだけに殿下へ取り入っている女だと罵った、と」
レティシアは目を瞬いた。
「……私が?」
「はい」
「そのような言葉を?」
「証言では、そうなっています」
レティシアはクラリスを見る。
クラリスは困ったように俯いていた。
(本当に、身に覚えがありませんわ)
むしろ自分は、クラリスとほとんど話したことがない。
それなのに。
まるで自分が、毎日のように彼女を虐めていたかのように話が進んでいく。
「そして三つ目」
文官はさらに書類をめくった。
「アルベルト殿下への度重なる侮辱」
今度こそ、レティシアの表情がわずかに変わった。
「殿下に対し、王族としての自覚がないと発言した」
「それは……」
レティシアの言葉が、一瞬だけ止まった。
そこだけは。
完全な嘘ではなかった。
確かに言った。
数か月前の王宮。
アルベルトが地方の税制改革について相談してきたときのことだ。
会議では貴族たちが次々と意見を述べていた。
けれど、アルベルトは誰の意見も否定できず、最後には、
『みんなが納得する案を探そう』
そう言った。
レティシアは、その場で思わず口にした。
『殿下』
『何だい?』
『決断を他人に任せることは、優しさではありません』
アルベルトは黙っていた。
だからレティシアは続けた。
『すべての人に好かれる決断などありません』
『王族である以上、誰かに嫌われる覚悟も必要です』
それだけだった。
少なくとも、レティシア本人はそう思っている。
だが――。
「その発言をしたことは認めるのですか?」
文官に尋ねられ、レティシアは顔を上げた。
「……はい」
ざわり、と大広間が揺れた。
貴族たちが小声で囁き合う。
「やはり本人も認めたぞ」
「殿下にそんなことを……」
「なんという傲慢な……」
レティシアは眉を寄せた。
「ですが」
声を張る。
「その発言には続きがあります」
誰も答えない。
「私は殿下を侮辱したわけではありません」
アルベルトを見る。
「殿下が優しい方であることは、私も存じています」
アルベルトの瞳がわずかに揺れた。
「だからこそ申し上げたのです」
「王族として、人の上に立つ者として――」
レティシアは静かに言葉を続ける。
「誰かに決断を委ねるのではなく、ご自身で責任を負っていただきたい、と」
大広間が静まり返った。
「それを……」
レティシアは文官へ視線を戻す。
「王子への侮辱、と?」
「…………」
文官は答えない。
ただ手元の書類を見つめている。
レティシアはその反応を見て、小さく息を吐いた。
(……なるほど)
ようやく分かってきた。
これは尋問ではない。
真実を確かめるための場でもない。
すでに結論が決まっている。
その結論に合わせて、罪状を並べているだけだ。
「他にもあります」
文官が淡々と告げる。
「社交界における傲慢な態度」
「他の令嬢への威圧的な言動」
「貴族間の派閥争いを煽る行為」
「王太子妃として不適格と判断される数々の言動――」
次々と罪が読み上げられていく。
レティシアは黙って聞いていた。
知らない話。
少しだけ事実が混ざった話。
そして、完全な嘘。
それらが一つの束にまとめられ、
――「悪役令嬢レティシア」
という一人の人間を作り上げていく。
不思議だった。
怒りよりも先に、妙な疲労感が込み上げてくる。
(……私って)
(こんなに悪い人間だったのかしら)
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
けれど。
すぐに首を振る。
(違いますわ)
少なくとも、自分は覚えている。
誰かを傷つけるために言った言葉ではない。
必要だから言った。
間違っていると思ったから、間違っていると言った。
ただ、それだけだ。
それなのに。
なぜ――。
こんなにも、自分だけが悪いことになっているのだろう。
レティシアは正面に立つアルベルトを見つめた。
彼は、何も言わない。
ただ苦しそうな顔で、こちらを見ている。
その顔を見て。
レティシアは、ふと思った。
(殿下も……納得していないのでは?)
けれど、その疑問に答える者は誰もいなかった。




