第1話「断罪の日」 Scene 1 王城・断罪の大広間
王城の大広間には、いつもとは違う空気が漂っていた。
天井から吊るされた巨大なシャンデリアが、幾つもの魔石の光を受けて煌々と輝いている。
磨き上げられた白い床。
壁際に並ぶ王国の重臣たち。
そして、色とりどりの正装に身を包んだ大勢の貴族たち。
普段ならば華やかな社交の場となるはずの場所。
けれど今日は、誰一人として笑っていなかった。
大広間の中央。
そこに、一人の少女が立っている。
淡い金色の髪。
整った顔立ち。
背筋は伸び、深い青色のドレスには一切の乱れもない。
レティシア・ヴァレンフォール。
ヴァレンフォール侯爵家の令嬢であり、つい先ほどまで第一王子アルベルト・アストリアの婚約者だった女性だ。
レティシアはゆっくりと周囲を見渡した。
「…………」
おかしい。
まず、そこからだった。
普段ならば、彼女の周囲には人が集まる。
「レティシア様、この前の舞踏会では――」
「ヴァレンフォール侯爵家のお嬢様にぜひご相談したいことが――」
「レティシア様、お久しぶりですわ」
そんな声が、いつもなら途切れることなく飛んでくる。
彼女自身、社交界では決して人付き合いが得意な方ではないと思っている。
それでも侯爵家の令嬢として、必要な礼儀は守ってきた。
頼まれれば相談にも乗った。
困っている者がいれば助けた。
間違っていることがあれば、間違っていると言った。
それだけだ。
――それなのに。
今日は、誰もこちらを見ない。
目が合いそうになると、慌てて逸らされる。
小声で何かを囁き合う者。
こちらを盗み見る者。
そして、露骨に嫌悪を浮かべている者。
レティシアはわずかに眉を寄せた。
(……ずいぶん大げさですわね)
自分でも驚くほど、冷静だった。
まるで自分とは関係のない出来事を見ているような気分だった。
ただ――。
(いったい、何が起きているのかしら)
それだけが分からない。
大広間の最奥。
一段高くなった場所には、王族が並んでいる。
その中央に立っているのが、第一王子アルベルト。
レティシアの婚約者だった男だ。
金色の髪。
穏やかな青い瞳。
誰に対しても分け隔てなく接することで知られ、貴族だけでなく平民からの人気も高い。
そんな彼の隣には、一人の少女が立っていた。
クラリス・フォン・エーデル。
柔らかな栗色の髪。
愛らしい顔立ち。
そして、どこか不安そうに伏せられた瞳。
レティシアはクラリスを見た。
(……クラリス様)
彼女とは何度か顔を合わせたことがある。
だが、特別親しいわけではない。
会えば挨拶をする。
社交の場で少し会話をする。
その程度の関係だ。
だからこそ――。
(どうして、彼女がここに?)
嫌な予感がした。
そのとき。
「レティシア・ヴァレンフォール侯爵令嬢」
よく通る声が大広間に響いた。
レティシアは正面を見る。
アルベルトがこちらを見ていた。
いつもの優しい笑顔はない。
苦しそうな顔だった。
まるで、これから自分が何をするのか、それを自分自身でも分かっていないような。
レティシアはその表情を見つめる。
(……殿下?)
胸の奥に、小さな違和感が生まれた。
アルベルトは何かを言おうとしている。
けれど、すぐには口を開かなかった。
その沈黙が妙に長く感じられる。
大広間にいる誰もが、次に発せられる言葉を待っていた。
レティシアは静かに息を吐いた。
そして思った。
(……どうやら)
(今日は、とても面倒なことになりそうですわね)
その程度の感想だった。
このときのレティシアは、まだ知らなかった。
今日この場所で。
自分の人生が、大きく二つに分かれることを。
そして――。
その「二つ」が、翌朝には本当に二人の人間になっていることを。




