Scene 12 母だけが受け入れる
「お母様……」
令嬢レティシアの声は、少し震えていた。
エレノアに抱きしめられたまま。
どうしていいのか分からないように、そっと母親を見上げる。
一方で。
悪役レティシアは。
「……何よ」
妙に警戒した声を出していた。
「急に抱きしめたりして」
「嫌だった?」
「嫌とは言ってないでしょう」
「ふふ」
エレノアは、小さく笑った。
「でしたら、もう少しこのままでいましょう」
「……」
悪役レティシアは眉をひそめた。
明らかに困っている。
だが。
振りほどこうとはしなかった。
令嬢レティシアは、その様子を横目で見る。
「……」
悪役レティシアも気づく。
「何よ」
「いえ」
「何か言いたそうな顔をしてる」
「していませんわ」
「してるわよ」
「していません!」
「ほら、そういうところ」
「どういうところですの!」
「二人とも」
エレノアが、優しく二人を制した。
すると。
二人はぴたりと口を閉じる。
「…………」
「…………」
エレノアは二人の顔を見比べた。
右を見る。
令嬢レティシア。
左を見る。
悪役レティシア。
同じ顔。
同じ娘。
そして。
まったく違うようでいて。
「どちらも」
エレノアは、穏やかに言った。
「私の娘よ」
「…………」
令嬢レティシアが、息を呑んだ。
「お母様……」
悪役レティシアは。
何も言わなかった。
ただ。
少しだけ視線を逸らした。
令嬢レティシアが、恐る恐る尋ねる。
「ですが……」
「何かしら?」
「どちらが本物なのか……まだ分かりませんわ」
「ええ」
「もしかすると……」
令嬢レティシアは言葉に詰まる。
「どちらかが、間違った存在なのかもしれません」
その言葉に。
悪役レティシアの肩が、わずかに動いた。
けれど。
何も言わない。
令嬢レティシアは続ける。
「だから……」
「今は」
エレノアが、静かに言葉を遮った。
「答えを急がなくてもいいの」
「……」
「あなたたちが、なぜ二人になったのか」
エレノアは、二人を抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。
「どちらが本物なのか」
「どうしてこんなことになったのか」
「それは、これから調べればいいわ」
二人は黙っている。
「でも」
エレノアは微笑んだ。
「答えが出るまでの間、あなたたちが私の娘ではなくなるわけではないでしょう?」
「…………」
令嬢レティシアの目に。
じわりと涙が浮かんだ。
「……お母様」
「まあ」
エレノアが驚いたように目を丸くする。
「泣かないで、レティシア」
「な、泣いてなど……」
「泣いていますわよ」
横から悪役レティシアが言った。
「あなたは黙っていてください!」
「事実でしょう」
「今はお母様との大切なお話を――」
「大切な話なら、なおさら泣いてるのを否定しなくても」
「だから泣いていません!」
「はいはい」
「その言い方!」
「……ふふ」
エレノアが笑った。
二人が止まる。
「何ですの?」
「何よ」
エレノアは、二人を見比べる。
そして。
少しだけ困ったように笑った。
「それに……」
「?」
「二人とも、昔からこういうところがあったもの」
「…………」
「…………」
二人が固まる。
「どういうところですの?」
令嬢レティシアが尋ねる。
「何の話よ」
悪役レティシアも続ける。
「意見が合わないと、すぐに言い合いを始めるところ」
「そんなことありませんわ!」
「ありません!」
二人の声が重なった。
「…………」
「…………」
二人は。
ゆっくりと顔を見合わせる。
「真似しないでください」
「そっちこそ」
「…………」
「…………」
エレノアは微笑んだ。
「ほら」
二人。
「「…………」」
「ほら」
「「ありませんわ!」」
「ふふふ」
「「笑わないでください!」」
また声が重なった。
今度は。
部屋の隅で見ていた使用人たちまで。
思わず顔を見合わせた。
そして。
ヴァレンフォール侯爵だけが。
相変わらず頭を抱えていた。
「……エレノア」
「何ですか?」
「君は、もう受け入れたのか?」
「ええ」
「…………」
侯爵は二人の娘を見る。
「…………」
そして。
小さく息を吐いた。
「私は、まだ無理だ」
「お父様!」
「お父様……!」
また。
二人の声が重なった。
侯爵は再び。
額を押さえた。
「……頼むから、一人ずつ話してくれ」
二人は顔を見合わせる。
そして。
なぜか同時に。
「「善処します」」
侯爵。
「……できないな、これは」
その呟きに。
エレノアの笑い声が重なった。




