Scene 11 どちらもレティシア
「…………」
ヴァレンフォール侯爵は、黙ったまま二人の娘を見つめていた。
右にいる少女。
そして、左にいる少女。
顔は同じ。
髪も同じ。
声も同じ。
それなのに。
雰囲気だけが、まるで違う。
片方は、不安そうにこちらを見つめている。
もう片方は、警戒するように周囲を見回している。
話し方も違う。
立ち方も違う。
表情も違う。
まるで別人だ。
「…………」
侯爵は眉間に皺を寄せた。
頭では理解できない。
あり得ない。
こんなことが起こるはずがない。
昨日まで、自分の娘は一人だった。
それなのに。
「…………」
もう一度、二人を見る。
そして。
気づいた。
(……いや)
二人とも。
自分の娘だ。
理屈では説明できない。
証拠もない。
だが。
父親としての感覚だけは、はっきりとそう告げていた。
目の奥。
ふとした仕草。
こちらを見るときの表情。
怒ったときの眉の動かし方。
困ったときにわずかに視線を逸らす癖。
それぞれ違う形になっている。
けれど。
その奥には確かに。
「……レティシアだ」
侯爵は、思わず呟いた。
二人が同時に顔を上げる。
「……?」
「……?」
侯爵は困ったように眉を寄せた。
そして。
一番聞きたくなかった質問を口にする。
「……どちらがレティシアだ?」
沈黙。
二人の少女が互いを見る。
そして。
ほとんど同時に答えた。
「「私です」」
「…………」
侯爵は黙った。
「……そうか」
納得したように頷く。
しかし。
何一つ解決していない。
(そうか、ではないだろう)
心の中で、自分自身に突っ込む。
だが。
他に言葉が見つからなかった。
すると。
「お父様」
エレノアが静かに声をかけた。
「……なんだ」
「少し、よろしいですか?」
「ああ」
エレノアは二人の娘へ歩いていく。
令嬢レティシアが、不安そうに母を見る。
悪役レティシアは、少し警戒したように眉を上げた。
「お母様……?」
「どうしたの?」
エレノアは答えない。
ただ。
二人の間まで歩いていくと――。
両腕を広げた。
そして。
二人まとめて抱きしめた。
「……!」
「……!」
二人が同時に固まる。
エレノアは、何も言わない。
ただ。
二人の娘を、ぎゅっと抱きしめる。
まるで。
何の疑いも持っていないかのように。
しばらくして。
エレノアが、穏やかに微笑んだ。
「どちらもレティシアでしょう?」
「…………」
「…………」
二人とも。
何も言えなかった。
その言葉は。
あまりにも簡単だった。
「どちらが本物なのか」
そんなことを悩んでいた。
「どちらが偽物なのか」
そんなことを考えていた。
けれど。
母親は。
最初から、その問いを必要としていなかった。
「……どちらも……」
令嬢レティシアが、小さく呟く。
「ええ」
エレノアは頷く。
「どちらも、私の娘です」
「…………」
悪役レティシアは、目を伏せた。
胸の奥が。
ほんの少しだけ、ざわついた。
なぜだろう。
嬉しい。
……はずなのに。
どこか怖い。
自分が「いらない部分」だったのではないか。
昨日、魔女に消してほしいと願った。
その結果、自分はここにいる。
なら。
もしかすると――。
「…………」
悪役レティシアは、何も言わなかった。
ただ。
母親の腕の中で。
初めて。
少しだけ力を抜いた。




