Scene 9 でも、言い方が悪い
「……でも」
令嬢レティシアが、少しだけ困ったように口を開いた。
「もう少し、柔らかく言えばよかったのでは?」
「は?」
悪役レティシアが眉をひそめる。
「何が?」
「昨日のことですわ」
令嬢レティシアは、昨日の王城でのやり取りを思い出す。
「殿下に対して、その……少し厳しすぎたと思います」
「どこが?」
「どこがって……」
令嬢は言葉を探した。
「『決断を他人に任せることは、優しさではありません』なんて……」
「事実でしょう?」
「……事実でもです」
「じゃあ、何が問題なのよ」
「殿下も傷ついたでしょう」
「だから何?」
「……え?」
あまりにも迷いのない返答だった。
悪役レティシアは腕を組む。
「人間なんだから、そりゃ傷つくでしょうよ」
「なら――」
「でも」
悪役レティシアが遮った。
「傷つけないことだけが、人を大切にするってことじゃないでしょう?」
「…………」
令嬢レティシアは黙った。
悪役レティシアは続ける。
「私は、殿下を傷つけるために言ったんじゃない」
「……」
「間違ってると思ったから、言っただけよ」
その言葉には、迷いがなかった。
「人の気持ちを考えることは、大切ですわ」
令嬢レティシアが静かに言う。
「相手がどう感じるのか。どんな言葉なら傷つかないのか。そういうことを考えるのは、大切なことです」
「ええ」
悪役レティシアはあっさり頷いた。
「それは否定してないわ」
「では……」
「でも」
まただった。
悪役レティシアは、令嬢レティシアをまっすぐ見る。
「相手の気持ちばっかり考えて、自分の気持ちはどうするのよ?」
「……」
令嬢レティシアの口が止まった。
「自分が嫌でも」
悪役レティシアが指を一本立てる。
「相手が傷つくから我慢する」
もう一本。
「言いたいことがあっても、嫌われるのが怖いから黙る」
さらに一本。
「間違ってると思っても、場の空気が悪くなるから笑って流す」
「…………」
「それをずっと続けたら?」
悪役レティシアは肩をすくめた。
「最後には、自分が何を思ってるのか分からなくなるわよ」
令嬢レティシアは答えられなかった。
反論しようと思った。
けれど。
何も言えなかった。
なぜなら――。
心当たりがあったからだ。
昨日だけではない。
もっと前から。
「まあ、そうですわね」と笑った。
「ええ、私もそう思います」と頷いた。
「お気になさらないで」と譲った。
本当は嫌だったことも。
本当は納得していなかったことも。
それでも。
相手が嫌な思いをしないように。
関係が壊れないように。
嫌われないように。
そうして、飲み込んできた。
「……」
令嬢レティシアは、自分の手を見つめた。
悪役レティシアが言う。
「私は、間違っていることを間違っていると言っただけ」
「……」
「言い方がきつかったのは認めるわ」
「……認めるのですか?」
「そこまで頑固じゃないわよ」
少しだけ、悪役レティシアが顔をしかめる。
「でも、だからって言わないほうがよかったとは思わない」
「…………」
「殿下が傷つくから黙る」
「……」
「誰かに嫌われるから黙る」
「……」
「それで間違ったことが、そのままになるなら――」
悪役レティシアは、はっきりと言った。
「私は、そっちのほうが嫌よ」
令嬢レティシアは、しばらく何も言えなかった。
どちらが正しいのか。
そう考えようとした。
けれど。
今回は、答えが出なかった。
相手を傷つけないことも大切。
自分を守ることも大切。
誰かを思いやることも大切。
間違いを指摘することも大切。
「…………」
令嬢レティシアは、困ったように眉を下げる。
(どちらが正しいのでしょう……)
その隣で。
悪役レティシアも、少しだけ考えていた。
(……まあ、私も言い方くらいは考えたほうがいいかもしれないけど)
二人は同時に相手を見る。
「……」
「……」
そして。
どちらからともなく、ため息をついた。
どうやら。
この相手とは――。
簡単には決着がつきそうになかった。




