Scene 8 「昨日の私」について
「……ねえ」
悪役レティシアが、ふと口を開いた。
「昨日のこと」
令嬢レティシアが顔を上げる。
「昨日?」
「王城での断罪」
「ああ……」
令嬢レティシアの表情が、少しだけ曇った。
できれば。
あまり思い出したくない。
けれど。
悪役レティシアは気にせず続ける。
「私、昨日言ったわ」
「何をですの?」
「『証拠はあるの?』って」
「…………」
令嬢レティシアは黙った。
確かに。
言った。
王城の大広間で。
罪状を読み上げられたとき。
クラリスへの嫌がらせ。
侮辱。
その他、身に覚えのない行為。
それに対して。
「証拠は?」
そう尋ねた。
「だって」
悪役レティシアは腕を組む。
「明らかにおかしかったでしょう」
「…………」
「嫌がらせをしたっていうなら、誰が見たのか、いつ起きたのか、何をしたのか」
一つずつ指を折る。
「最低限、それくらい確認するのが普通でしょうが」
「……そうですわね」
令嬢レティシアは頷いた。
「証拠もなく、人を罪人として扱うのは……おかしいですわ」
「でしょう?」
悪役レティシアが少し得意そうな顔をする。
「だから私は言ったのよ」
「ええ」
「それで、殿下にも言った」
「…………」
令嬢レティシアの顔が少し曇る。
「何と?」
悪役レティシアは、昨日のことを思い出すように目を細めた。
そして。
「『決断を他人に任せることは、優しさではありません』って」
「…………」
令嬢レティシアは黙った。
昨日。
確かに。
自分も、その言葉を口にした。
アルベルトに向かって。
何度も。
何度も。
自分で決めるように伝えていた。
周囲の意見を聞くこと。
誰かを傷つけないように考えること。
それ自体は悪くない。
けれど。
最後に決めるのは、殿下自身でなければならない。
それを。
自分はずっと思っていた。
「……私も」
令嬢レティシアが、ぽつりと言った。
悪役レティシアが振り返る。
「ん?」
「私も、そう思っていましたわ」
「…………」
「殿下には、ご自分で決めてほしいと」
令嬢レティシアは、自分の手を見つめる。
「誰かの意見を聞くことは大切です」
「うん」
「相手の気持ちを考えることも必要です」
「うん」
「でも……」
少しだけ、言葉に詰まる。
「最後まで誰かに決めてもらうのでは、いけないと思っていました」
悪役レティシアは、何も言わなかった。
令嬢レティシアも続けない。
ただ。
二人の間に、奇妙な沈黙が流れた。
さっきまで。
互いに正反対だと思っていた。
片方は人を思いやる。
片方は自分を守る。
片方は争いを避ける。
片方は必要なら争う。
けれど。
昨日の判断だけは。
同じだった。
「…………」
悪役レティシアが、ぽつりと言う。
「じゃあ」
「はい?」
「昨日の私は……」
少し考えて。
「別に間違ってなかったってこと?」
令嬢レティシアは、すぐには答えなかった。
そして。
小さく頷く。
「……少なくとも」
顔を上げる。
「その点については、そう思いますわ」
「…………」
悪役レティシアが、少しだけ目を見開く。
「へえ」
「何ですの?」
「いや」
悪役レティシアは、わずかに口元を緩めた。
「お前でも、私のことを認めるんだなって」
「なっ……!」
令嬢レティシアの頬が赤くなる。
「そ、それとこれとは話が別ですわ!」
「はいはい」
「その言い方が腹立たしいのです!」
「でも認めたでしょう?」
「一部だけです!」
「十分よ」
「十分ではありません!」
また。
言い争いが始まりそうになる。
けれど。
今度は二人とも。
ほんの少しだけ笑っていた。
自分たちは。
完全に違う存在ではない。
その事実を。
二人とも、ほんの少しだけ理解し始めていた。




