Scene 7 性格診断
「……いいでしょう」
令嬢レティシアが、すっと背筋を伸ばした。
「どうやら、話し合いだけでは決着がつきそうにありませんわね」
「そうね」
悪役レティシアも腕を組む。
「だったら、どっちが本物のレティシアなのか証明すればいい」
「ええ」
令嬢レティシアは頷いた。
「そのためにも――」
一度、目の前の自分を見つめる。
「お互いのことを話しましょう」
「性格でも?」
「そうですわ」
「いいわよ」
悪役レティシアは即答した。
「じゃあ、まず私から」
少しだけ胸を張る。
「私は、自分が嫌なことを嫌だと言える」
「…………」
令嬢レティシアが、少し困った顔をした。
「それが……あなたの長所ですの?」
「長所よ」
「でも」
令嬢レティシアは首を傾げる。
「もう少し我慢することも必要ではありませんか?」
「…………」
悪役レティシアの眉がぴくりと動いた。
「我慢?」
「ええ」
令嬢レティシアは穏やかに答える。
「人間関係では、すべて自分の思い通りになるわけではありませんもの」
「…………」
「相手の気持ちを考えて、時には自分が譲ることも大切ですわ」
「ふうん」
悪役レティシアは、じっと令嬢レティシアを見る。
「じゃあ聞くけど」
「なんですの?」
「嫌なことを嫌だと言えないのは?」
「…………」
「それも美徳?」
令嬢レティシアは少し考えた。
「……場合によりますわ」
「でしょうね」
悪役レティシアは鼻を鳴らす。
「私はそういうのが嫌いなのよ」
「なぜですの?」
「我慢して、我慢して、自分が傷ついてるのに笑ってる人を見ると腹が立つから」
「…………」
「自分さえ我慢すれば丸く収まる?」
悪役レティシアの声が少し低くなる。
「そんなの、ただ我慢する人間を一人作ってるだけでしょうが」
令嬢レティシアは黙った。
「……では」
今度は令嬢レティシアが口を開く。
「私は、人を思いやることを大切にしています」
「うん」
「相手が困っているなら助けたい」
「うん」
「悲しんでいるなら寄り添いたい」
「うん」
「争いになるくらいなら、私が譲って穏便に済ませたい」
「そこよ」
悪役レティシアが指を突きつけた。
「それ」
「何ですの?」
「何でも自分が譲ればいいってものじゃないでしょう」
「…………」
「一歩譲れば済むことならいいわよ」
悪役レティシアは言った。
「でも、十歩譲って、それでも相手が要求してくるなら?」
「…………」
「さらに十歩譲ったら?」
「…………」
「最後には、自分の立ってる場所までなくなるわよ」
令嬢レティシアは、少しだけ眉を寄せた。
「あなたは……」
「何?」
「人を信用していないのではありませんか?」
「逆よ」
悪役レティシアは答えた。
「人を信用してるからこそ、線引きが必要なの」
「線引き?」
「ここまでは譲る。でも、ここから先は私の領域」
自分の胸元に手を当てる。
「そこを勝手に踏み越えてくる奴には、嫌だって言う」
「…………」
令嬢レティシアは、少し困ったように笑った。
「ずいぶん強引ですわね」
「あなたは弱すぎるのよ」
「なっ……!」
「何でも相手に合わせる」
「それは思いやりです!」
「相手の顔色ばっかり見る」
「人を気遣っているのです!」
「自分の気持ちは後回し」
「…………」
「それで?」
悪役レティシアが尋ねる。
「最後に自分が苦しくなったら、誰が助けてくれるの?」
「…………」
令嬢レティシアは答えられなかった。
しかし。
すぐに顔を上げる。
「では、あなたはどうなのです!」
「何よ」
「何でも自分の意思を通して、誰かと衝突してしまったら?」
「必要なら衝突するわ」
「人を傷つけるかもしれませんわ!」
「それでも言わなきゃいけないことはあるでしょう」
「争いを避けることも必要です!」
「必要な争いまで避けたら――」
悪役レティシアは、まっすぐ相手を見る。
「誰かに利用されるだけよ」
「…………」
「世の中には、こっちが何も言わなければ、勝手に踏み込んでくる人間だっている」
「…………」
「そういう相手にまで『仲良くしましょう』なんて言ってたら、守れるものまで守れなくなる」
令嬢レティシアは黙り込んだ。
悪役レティシアも黙った。
二人の間に、静かな時間が流れる。
どちらも。
相手の言葉を完全には否定できなかった。
そして。
それが余計に腹立たしかった。
「……あなた」
令嬢レティシアが口を開く。
「はい?」
「本当に、面倒な人ですわね」
「そっちこそ」
悪役レティシアが即答する。
「本当に面倒くさい」
「まあ!」
「何よ」
「それは私の台詞ですわ!」
「はいはい」
「はいは一回で結構です!」
「ほら、そういうところ」
「どういうところですの!」
再び睨み合う二人。
けれど。
さっきまでとは、ほんの少しだけ違っていた。
二人とも。
目の前の相手が、自分とは正反対なのではなく――。
自分の中にあったはずの何かを、極端な形で持っている。
そんな気がし始めていた。
ただし。
そのことに。
二人とも、まだ気づいてはいなかった。




