Scene 6 じゃあ、どっちが本物?
「…………」
「…………」
二人は、しばらく黙っていた。
同じ人間だった。
その事実が、頭の中をぐるぐると回っている。
けれど。
現実には――。
今。
目の前に。
二人いる。
令嬢レティシアは、恐る恐る口を開いた。
「……では」
悪役レティシアが顔を上げる。
「どちらが本物のレティシアなのでしょう?」
「…………」
悪役レティシアは、少し考えた。
そして。
「知らないわよ」
「…………」
あまりにも即答だった。
「知らないって……」
「分かるわけないでしょう」
悪役レティシアは腕を組む。
「私だって、昨日までは一人だったのよ」
「それは私も同じですわ」
「でしょう?」
「ええ……」
二人は黙る。
そして。
令嬢レティシアが、ふと尋ねた。
「……あなたは」
「何よ」
「自分が偽物だとは思わないのですか?」
悪役レティシアの眉が跳ね上がった。
「思うわけないでしょう」
「…………」
「私は私よ」
悪役レティシアは、自分の胸を指差す。
「昨日までちゃんとレティシアとして生きてた。家族も、記憶も、全部私のもの」
「…………」
「だから、私が偽物なんてあり得ない」
その言葉を聞いて。
令嬢レティシアは、静かに頷いた。
「……私もですわ」
「…………」
「私も、自分が偽物だとは思いません」
「でしょうね」
「ええ」
二人は、互いを見つめる。
さっきまでの困惑とは違う。
今度は。
明確な対立だった。
「…………」
「…………」
視線がぶつかる。
「…………」
「…………」
やがて。
悪役レティシアが、目を細める。
「……つまり」
「ええ」
「どっちも自分が本物だと思ってる」
「そういうことになりますわね」
「…………」
「…………」
二人の間に、妙な緊張感が漂う。
令嬢レティシアが、わずかに背筋を伸ばす。
悪役レティシアも、腕を組み直す。
そして。
ほぼ同時に。
「私が本物です」
「私が本物よ」
「…………」
「…………」
声が重なった。
二人とも。
ぴたりと止まる。
そして。
ゆっくりと相手を見る。
「……真似しないでください」
「そっちが真似したんでしょう」
「私は先に言いましたわ!」
「私のほうが先よ!」
「いいえ、私です!」
「絶対に私!」
また始まった。
「そもそも!」
令嬢レティシアが声を上げる。
「私はヴァレンフォール侯爵家の娘として、十八年間この家で暮らしてきたのです!」
「私だってそうよ!」
「でしたら、私のほうが本物でしょう!」
「どうしてよ!」
「私は侯爵令嬢としての自覚がありますもの!」
「それが本物の証拠になるわけ!?」
「なりますわ!」
「ならないわよ!」
「なります!」
「ならない!」
「なります!」
「ならない!」
「なりますわ!」
「ならないって言ってるでしょうが!」
「…………」
「…………」
部屋の隅では。
侍女が、完全に固まっていた。
(……また始まった……)
そして。
誰にも聞こえないほど小さな声で。
「……どちらも、お嬢様なのでは……?」
と呟いた。
だが。
二人のレティシアには。
その言葉は届かなかった。
なぜなら。
二人とも。
自分が本物だと信じているからだ。
こうして。
ヴァレンフォール侯爵家の朝には――。
新たな問題が誕生した。
**「二人いるレティシアのうち、どちらが本物なのか」**
そして。
この日からしばらく。
二人のレティシアによる――。
**本物争い**が始まることになる。




