Scene 5 記憶の確認
「……まだ、偶然という可能性はありますわ」
令嬢レティシアが、そう呟いた。
「どこがよ」
悪役レティシアが即座に返す。
「顔も同じ。名前も同じ。昨日の記憶まで同じ」
「だから、それがどういうことなのか確認するんでしょう」
「…………」
令嬢レティシアは少し考えた。
「……質問しましょう」
「質問?」
「ええ」
二人は向かい合った。
さっきまで大喧嘩をしていたとは思えないほど、真剣な顔だった。
「私たちの記憶が本当に同じなら、答えも同じになるはずですわ」
「いいわ」
悪役レティシアが腕を組む。
「やってみなさいよ」
「では……」
令嬢レティシアが尋ねる。
「母の名前は?」
「エレノア」
即答。
「…………」
「次」
悪役レティシアが顎をしゃくる。
「父の口癖」
令嬢レティシアは少しだけ目を細めた。
「『ヴァレンフォールの名を背負う者は――』」
「――『力と責任を忘れてはならない』」
「…………」
二人の顔が固まる。
今の答えは。
完全に一致した。
「……次」
悪役レティシアの声が、少しだけ低くなる。
「家訓」
「『力を持つ者は責任を負う』」
「…………」
また一致。
二人とも、黙り込んだ。
「じゃあ……」
今度は悪役レティシアが質問する。
「母上が私の誕生日に毎年作ってくれるものは?」
「焼き菓子」
「苦手な食べ物」
「辛すぎる料理」
「好きな花」
「白百合」
「子供の頃、一番嫌いだった授業」
「ダンス」
「…………」
「…………」
一致。
また一致。
「じゃあ、初めてアルベルト殿下と会ったとき」
悪役レティシアが続ける。
「殿下は何をしていた?」
令嬢レティシアは少し考える。
「中庭で本を読んでいましたわ」
「その本は?」
「騎士物語」
「…………」
悪役レティシアは額を押さえた。
「次」
「ええ」
「クラリスと初めて会ったとき、あんたは何を思った?」
「……とても綺麗な方だと思いましたわ」
「私も」
「…………」
「…………」
二人とも顔を見合わせる。
ここまでくると。
もう疑う余地がなかった。
最後に。
令嬢レティシアが、恐る恐る尋ねた。
「……昨日、魔女に何をお願いしました?」
悪役レティシアの顔から、表情が消える。
「…………」
「私は――」
令嬢レティシアが言った。
「『私の嫌なところをなくしてください』と」
「…………」
悪役レティシアも答える。
「私も」
その瞬間。
部屋の空気が変わった。
二人とも。
何も言わない。
言葉にしなくても。
分かってしまった。
顔が同じだからではない。
名前が同じだからでもない。
同じ記憶を持っているからだ。
昨日まで。
二人は一人だった。
一つの家で育ち。
一つの人生を歩み。
一つの名前を背負っていた。
そして。
昨日。
魔女に願った。
――自分の嫌なところを、なくしてほしい。
悪役レティシアが、ゆっくりと顔を上げる。
「……つまり」
令嬢レティシアを見る。
「私たちは……」
一瞬。
言葉が止まった。
けれど。
もう、他に答えはなかった。
「……同じ人間だった?」
令嬢レティシアは、静かに頷いた。
「……そのようですわね」
「…………」
「…………」
二人は互いの顔を見る。
そして。
ほぼ同時に。
顔から血の気が引いた。
「…………」
「…………」
悪役レティシアが、ぽつりと言う。
「……待って」
「はい?」
「じゃあ、今ここにいる私は……」
令嬢レティシアも、同じことに気づいた。
「……昨日までの、私?」
「…………」
「…………」
二人の顔が、さらに青ざめる。
同じ記憶。
同じ顔。
同じ名前。
同じ人生。
ならば。
目の前にいるこの少女は――。
いったい。
何者なのだろう。
そして。
自分は――。
何者なのだろう。
二人はしばらく。
何も言えなかった。




