Scene 4 あなた、本当にレティシア?
しばらくの間。
二人は互いを睨み合っていた。
さっきまでの大喧嘩が嘘のように、部屋には重い沈黙が落ちている。
先に口を開いたのは、令嬢レティシアだった。
「……あなたのお名前は?」
悪役レティシアが、怪訝そうに眉をひそめる。
「何よ、急に」
「いいから答えてくださいませ」
「…………」
悪役レティシアは、少し考えてから答えた。
「レティシア」
「……」
令嬢レティシアの表情が固まった。
「……もう一度」
「レティシア」
「…………」
「何よ」
「私もレティシアですわ」
「…………」
悪役レティシアが、呆れたような顔をする。
「知ってるわよ」
「なぜ知っているのです?」
「…………」
悪役レティシアは、数秒黙った。
そして。
心底呆れたように言った。
「鏡見なさいよ!」
「…………」
令嬢レティシアは、言われるまま鏡を見る。
そこには。
二人の少女が映っていた。
同じ銀色の髪。
同じ瞳。
同じ顔。
同じ背丈。
同じ寝間着。
「…………」
令嬢レティシアは、ゆっくりと自分の頬に触れた。
ぷに。
鏡の中の少女も頬に触れる。
だが。
それだけではない。
隣にいる悪役レティシアも――。
自分の頬に触れていた。
「…………」
二人は顔を見合わせる。
そして。
令嬢レティシアが髪に触れる。
悪役レティシアも髪に触れる。
耳に触れる。
同じ。
顎に触れる。
同じ。
頬をつまむ。
同じ。
「…………」
「…………」
二人とも、だんだん顔が引きつっていく。
「……気持ち悪い」
悪役レティシアが呟いた。
「それはこちらの台詞ですわ……」
「私の真似しないで」
「真似しているわけではありません!」
「じゃあ、なんで同じ動きするのよ」
「知りませんわよ!」
また言い争いになりそうになった。
しかし。
令嬢レティシアは、ふと口を閉じた。
何かが。
引っかかった。
「…………」
目の前の少女。
顔が同じ。
名前も同じ。
声も同じ。
そして。
さっきから感じている、妙な既視感。
「……ねえ」
「何よ」
「あなたは……」
令嬢レティシアは、慎重に尋ねた。
「昨日、王城にいましたか?」
悪役レティシアの表情が変わった。
「……いたわよ」
「断罪の場に?」
「そう」
「アルベルト殿下が、私との婚約を破棄すると言った場に?」
「…………」
悪役レティシアは、目を細めた。
「いた」
令嬢レティシアの胸がざわつく。
「……クラリス様も?」
「いたわよ」
「王国の貴族たちも?」
「大勢いた」
「……そう」
偶然。
そう考えることもできた。
しかし。
令嬢レティシアは、さらに尋ねた。
「では……その前の日のことは?」
「何のこと?」
「王城でアルベルト殿下と話をしたでしょう?」
「…………」
悪役レティシアの目がわずかに細くなる。
「『決断を他人に任せることは、優しさではありません』って言ったこと?」
「…………!」
令嬢レティシアが息を呑んだ。
「知っているのですか?」
「私が言ったんだから」
「…………」
「…………」
二人とも。
黙った。
令嬢レティシアの心臓が、どくんと鳴る。
(私が言った……?)
そうだ。
あの言葉は。
確かに自分が言った。
では。
目の前の少女は――。
「……幼い頃のことは?」
令嬢レティシアが尋ねる。
「何?」
「覚えていますか?」
「当たり前でしょう」
悪役レティシアは即答した。
「五歳のとき、庭の噴水に落ちたこと」
「…………」
「お父様にこっぴどく叱られて、そのあとお母様に抱きしめてもらった」
令嬢レティシアの目が見開かれる。
「……六歳の誕生日」
「母上が手作りのお菓子を用意してくれた」
「七歳のとき」
「王城へ初めて行って、廊下で迷った」
「八歳」
「アルベルト殿下と初めてまともに話した」
「…………」
「九歳」
「王妃教育が始まった」
「十歳」
「礼儀作法の先生に、姿勢が悪いって三時間説教された」
「…………」
「十一歳」
「庭で転んで膝を擦りむいた」
「十二歳」
「初めて社交界に出た」
「十三歳」
「アルベルト殿下から婚約の話を聞いた」
「十四歳」
「王城でクラリス様と初めて会った」
「十五歳」
「…………」
令嬢レティシアが続きを言った。
「クラリス様が、私のドレスを褒めてくださった」
「十六歳」
悪役レティシアが続ける。
「お父様に『力を持つ者は責任を負う』って言われた」
「十七歳」
「アルベルト殿下との婚約が正式に発表された」
「そして……」
二人の声が止まった。
「十八歳」
「昨日」
「断罪された」
「婚約を破棄された」
「そして――」
二人の視線が重なる。
「魔女に会った」
「…………」
「…………」
部屋が。
しんと静まり返った。
もう。
偶然とは思えなかった。
二人は同時に、自分の胸元へ手を当てる。
昨日。
魔女エルヴィラが言った。
『あなたの嫌いな部分を、全部なくしてしまえばいい』
そして。
二人の記憶は。
昨日まで、完全に一致している。
幼い頃の記憶。
家族との思い出。
王城での生活。
アルベルトとの婚約。
クラリスとの出会い。
そして。
昨日の断罪。
「…………」
令嬢レティシアが、ぽつりと呟いた。
「……私たち」
悪役レティシアも、黙っている。
「同じ記憶を持っていますわね」
「…………」
否定することはできなかった。
むしろ。
否定できる理由が、どこにもなかった。
同じ顔。
同じ名前。
同じ声。
そして――。
同じ人生。
悪役レティシアが、ゆっくりと口を開いた。
「……ねえ」
「はい?」
「もしかして」
その先を。
二人とも言えなかった。
言葉にしてしまえば。
何か、とんでもない現実を認めることになる気がしたからだ。
二人はただ。
自分と同じ顔をした少女を見つめ続けていた。




