Scene 3 最初の大喧嘩
「……あんた」
悪役レティシアが、じろりと相手を見る。
「何よ」
「その態度……」
令嬢レティシアの眉が、ぴくりと動いた。
さっきからずっとそうだ。
「あんた」
「何よ」
「ふざけないで」
「は?」
「あなた――」
令嬢レティシアは、ついに我慢できなくなった。
「言葉遣いが悪すぎますわ!」
「…………」
悪役レティシアが、ぽかんとする。
そして。
「……はぁ?」
次の瞬間。
「お前は人の顔色を見すぎなのよ!」
「なっ……!」
今度は令嬢レティシアが絶句した。
「何を突然――!」
「何よ」
悪役レティシアは腕を組む。
「さっきからそうじゃない」
「そう、とは?」
「侍女」
悪役レティシアが、部屋の隅を指差した。
「ずっと怯えてるじゃない」
「…………」
令嬢レティシアもそちらを見る。
そこには。
部屋の隅で、完全に固まっている侍女がいた。
両手を胸の前で握りしめ。
顔は真っ青。
視線だけが、二人の間を忙しなく行き来している。
「…………」
令嬢レティシアは、一瞬言葉を失った。
「だからこそ」
やがて、ゆっくりと悪役レティシアを見る。
「穏やかにお話しするべきでしょう!」
「は?」
「怯えている方に、そのような乱暴な口調で話しかけたら、余計に怖がらせてしまいますわ!」
「じゃあどうしろっていうのよ!」
悪役レティシアの声が跳ね上がった。
「怯えてるなら、まず何が起きてるのか聞けばいいでしょうが!」
「そのような言い方では余計に怖がらせます!」
「だから!」
悪役レティシアが頭を抱える。
「じゃあ、どうしろっていうのよ!」
「それは……!」
「ほら!」
「な、なんですの!」
「何も言えないじゃない!」
「あなたが急に怒鳴るからでしょう!」
「怒鳴らせてるのはそっちでしょうが!」
「私のせいにしないでください!」
「じゃあ誰のせいよ!」
「あなたでしょう!」
「私!?」
「ええ!」
「なんでよ!」
「あなたが最初から喧嘩腰だからですわ!」
「そっちが最初に私を『失礼な方』って言ったんでしょうが!」
「実際に失礼でしょう!」
「なんですって!?」
二人の声が、どんどん大きくなっていく。
ベッドの上で。
寝間着姿のまま。
自分とまったく同じ顔をした少女二人が。
互いを睨みながら大喧嘩を始めていた。
「だいたい、あなたは人のことを考えなさすぎですわ!」
「お前は人のことを考えすぎなのよ!」
「それの何が悪いのです!」
「悪いわよ!」
「どうして!」
「自分のことを後回しにしてるじゃない!」
「…………!」
令嬢レティシアの言葉が止まる。
「何を言って――」
「自分が我慢すればいい、自分が謝ればいい、自分が合わせればいい」
悪役レティシアは、苛立ったように吐き捨てる。
「そんなことばっかり考えてるでしょうが!」
「……それは」
「それで、相手が調子に乗ったらどうするのよ」
「…………」
「嫌なことを嫌だって言えない人間は、ずっと嫌なことを押しつけられるのよ」
「…………」
令嬢レティシアは言葉を失った。
だが。
「……だからといって」
負けじと顔を上げる。
「人に対して、あのような言い方をしていい理由にはなりませんわ!」
「…………」
「相手にも事情があります」
「だから何?」
「だから――」
「我慢しろって?」
「そういう意味では――」
「同じよ!」
悪役レティシアが言い切った。
「結局、お前は相手を怒らせないことばっかり考えてるじゃない!」
「あなたは逆に、相手がどう思うかを考えなさすぎです!」
「考えてるわよ!」
「どこがですの!」
「必要なことは言ってるだけでしょうが!」
「言い方というものがあります!」
「言い方を気にして何も言えなくなったら意味ないでしょう!」
「何も言わないとは言っていません!」
「じゃあ言ってみなさいよ!」
「…………」
「ほら!」
「…………!」
完全に。
売り言葉に買い言葉だった。
そして。
その間。
部屋の隅にいる侍女は――。
(どうしてこうなったのでしょう……)
ただ。
朝の支度に来ただけだった。
それなのに。
目の前には、同じ顔をしたお嬢様が二人。
しかも。
その二人が。
自分自身について大喧嘩している。
「…………」
侍女は、そっと壁際へ移動した。
できるだけ。
存在感を消す。
(今は……何も言わないほうがよさそうです……)
しかし。
「あなたは――!」
「そっちこそ――!」
「「いい加減にしてください!」」
「…………」
二人の声が、部屋中に響き渡る。
侍女は思った。
(……どちらもレティシアお嬢様なのでは?)
だが。
それを口に出す勇気は――。
今の彼女には、なかった。




