Scene 2 第一印象が最悪
「……あなた、本当に誰?」
二人の声が重なった。
「…………」
「…………」
沈黙。
先に動いたのは、目つきの鋭い少女だった。
「……チッ」
小さく舌打ちをして、ベッドから降りる。
白い寝間着の裾を整えながら、少女はレティシアを睨みつけた。
「もう一度聞くわ」
鋭い視線。
「……あんた、誰よ」
レティシアは眉をひそめた。
「まあ……」
思わず、口元に手を当てる。
「なんて失礼な方でしょう」
「は?」
少女の眉間に、さらに深い皺が刻まれた。
「初対面の女性に、そのような言葉遣いをするなんて」
「初対面じゃないでしょう」
「……?」
レティシアは首を傾げた。
少女は呆れたように息を吐く。
「顔を見れば分かるでしょうが」
「顔……?」
「そうよ」
少女は自分の顔を指差す。
「私とあんた、同じ顔じゃない」
「…………」
レティシアが固まった。
言われてみれば。
確かにそうだった。
銀色の髪。
淡い瞳。
整った顔立ち。
鼻の形も。
唇の形も。
目の大きさも。
何もかもが同じ。
ただ――。
「…………」
「…………」
二人とも、ゆっくりと鏡を見る。
そこには。
一人の少女ではなく。
二人の少女が映っていた。
同じ顔。
同じ髪。
同じ姿。
まるで鏡の中から、もう一人の自分が出てきたようだった。
「…………」
「…………」
二人とも、言葉を失う。
レティシアは恐る恐る、自分の頬に触れた。
鏡の中の自分も頬に触れる。
そして。
隣にいる少女も頬に触れた。
「…………」
レティシアが右手を上げる。
少女も右手を上げる。
レティシアが首を傾げる。
少女も首を傾げる。
「…………」
「…………」
二人の顔が、同時に引きつった。
そして。
ほとんど同時に。
「「どういうことですの?」」
「…………」
「…………」
また、声が重なった。
二人はゆっくりと互いを見る。
「……今」
「……今の」
「「私の声……?」」
また重なった。
沈黙。
少女の眉がぴくりと動く。
レティシアの頬も引きつる。
「…………」
「…………」
そして。
少女が口を開いた。
「あなた――」
レティシアも口を開く。
「あなた――」
ぴたり。
二人とも止まった。
「…………」
「…………」
少女が目を細める。
「……真似しないでくれる?」
レティシアも目を細めた。
「それはこちらの台詞ですわ」
「は?」
「あなたが真似をしたのでしょう?」
「私が?」
「ええ」
「……ふざけないで」
「ふざけてなどいません!」
「そっちが真似したんでしょうが!」
「だから、あなたが――」
「あなたが――」
二人の声が、また重なった。
「…………」
「…………」
ぴたりと止まる。
そして。
二人は同時に指を差した。
「「真似しないでください!」」
「…………」
「…………」
次の瞬間。
「そっちが真似してるんでしょう!」
「あなたこそ!」
「私が先に言ったでしょう!」
「私のほうが先ですわ!」
「いや、絶対私よ!」
「いいえ、私です!」
「…………」
「…………」
二人は睨み合う。
顔は同じ。
声も同じ。
けれど。
雰囲気だけは、まるで違う。
片方は困惑しながらも必死に礼儀を守ろうとしている。
もう片方は、完全に喧嘩腰だ。
やがて。
悪役レティシアが、じろりと相手を見る。
「……あんた」
「なんですの?」
「その喋り方、ものすごく腹立つんだけど」
「まあ!」
レティシアの眉が跳ね上がる。
「こちらこそ、あなたのその乱暴な言葉遣いには驚いておりますわ!」
「乱暴?」
「ええ!」
「事実を言ってるだけでしょうが」
「それを乱暴と言っているのです!」
「じゃあ、あんたはなんなのよ」
「私は――」
レティシアは胸を張った。
「私はレティシアですわ」
「…………」
悪役レティシアが固まる。
「……何?」
「ですから、レティシアです」
「…………」
今度は悪役レティシアが、自分を指差した。
「私もレティシアだけど?」
「…………」
レティシアの顔が引きつった。
「……は?」
「だから、私もレティシア」
「…………」
「…………」
二人の間に。
本日何度目か分からない沈黙が落ちた。
やがて。
二人は、恐る恐る互いの顔を見た。
同じ顔。
同じ髪。
同じ声。
そして――。
同じ名前。
「…………」
「…………」
その事実に。
二人は初めて、本格的な恐怖を覚えた。
「……どういうことよ」
「……どういうことですの?」
また。
同じタイミングだった。
「…………」
「…………」
今度は、二人とも何も言わなかった。
ただ。
互いを見つめる。
まるで。
目の前にいる存在そのものが、世界のどこにも存在してはいけないもののように。
――この朝。
ヴァレンフォール侯爵家には。
二人のレティシアが誕生していた。




