第2話 二人のレティシア Scene 1 二人のレティシア
――朝。
ヴァレンフォール侯爵邸は、いつもなら静かな時間を迎えているはずだった。
使用人たちが朝の支度を始め、厨房からは焼きたてのパンの香りが漂い、廊下には忙しなく行き交う足音が響いている。
ただし。
今日だけは、いつもと違った。
「レティシア様が二人いらっしゃるーーーっ!!」
屋敷中に響き渡った侍女の悲鳴によって、平穏な朝は完全に破壊されていた。
その原因となった部屋。
レティシアの私室では――。
「……ん」
ベッドの上で、一人の少女がゆっくりと目を覚ました。
柔らかな朝日がカーテンの隙間から差し込んでいる。
レティシアは、ぼんやりと天井を見上げた。
「……朝、ですの?」
昨日のことを思い出す。
王城。
断罪。
婚約破棄。
そして――魔女。
『あなたの嫌なところを、全部なくしてしまえばいい』
「…………」
そこまで思い出したところで。
レティシアは眉を寄せた。
(……夢、だったのでしょうか)
あまりにも現実離れした出来事だった。
魔女など、本当に存在するはずがない。
そう思いながら、ゆっくりと身体を起こす。
そのときだった。
「……んぁ……」
隣から声がした。
「…………?」
レティシアは動きを止めた。
今。
何か聞こえた。
隣。
つまり――。
自分のベッドの上から。
「…………」
恐る恐る、横を見る。
そこには。
誰かがいた。
長い銀髪。
白い寝間着。
そして、自分とまったく同じ顔。
「…………」
レティシアは固まった。
相手も、ゆっくりと目を開ける。
そして。
こちらを見る。
「…………」
「…………」
二人の視線が交差する。
数秒。
何も言わない。
レティシアは思った。
(……誰ですの?)
そして、相手も同じことを考えているようだった。
やがて。
二人はほとんど同時に口を開いた。
「「……誰?」」
声まで。
同じだった。
「…………」
「…………」
二人とも固まる。
レティシアは、自分の耳を疑った。
今の声。
聞き間違いではない。
自分と同じ声だった。
目の前の少女が、ゆっくりと起き上がる。
レティシアも反射的に距離を取った。
「あなた……」
「何よ」
返ってきた声。
やはり同じ。
顔も。
髪も。
声も。
何もかもが、自分と同じ。
けれど――。
雰囲気だけは、まるで違った。
目の前の少女は、鋭い目つきでこちらを睨んでいる。
寝起きだというのに、まるで喧嘩を売られたら即座に買いそうな顔だ。
対して、レティシア自身は。
「……あの」
困惑しながら、相手を見つめている。
二人の間に、妙な沈黙が落ちた。
先に口を開いたのは、目つきの鋭い少女だった。
「……あんた、誰?」
「それは私が聞きたいですわ」
「は?」
「どうして私の部屋にいるのです?」
「私の部屋?」
少女が眉をひそめる。
「何言ってるのよ」
「何を言っているのはこちらですわ!」
思わず声が大きくなる。
すると。
「……うるさい」
「あなたのほうが失礼でしょう!」
「朝っぱらから大声出すなって言ってるのよ」
「そ、それは……!」
レティシアは言葉に詰まった。
目の前の少女は、あまりにも態度が悪い。
初対面の相手に対して、いきなり「あんた」。
侯爵令嬢である自分に対する礼儀として、あり得ない。
しかし。
「…………」
ふと、違和感に気づく。
目の前の少女。
怒っている。
けれど。
その顔には、どこか見覚えがあった。
いや。
見覚えがあるどころではない。
鏡に映った自分と――。
同じ。
「……」
レティシアは、そっと自分の頬に触れた。
相手も同じ場所に触れる。
「…………」
「…………」
二人が同時に動きを止めた。
ゆっくりと。
互いの顔を見る。
そして。
ベッド脇に置かれていた鏡へ視線を向ける。
鏡に映っていたのは――。
二人の少女。
同じ銀髪。
同じ瞳。
同じ顔。
同じ姿。
なのに。
一人は困惑している。
もう一人は警戒している。
まるで。
同じ人間の中にあった二つの性格だけが、別々の人間になったかのように。
もちろん。
この時の二人には、そんなことを理解することなどできなかった。
ただ。
目の前にいる、自分と同じ顔をした少女を見て。
二人は同時に思った。
(……何なの、この人)
そして。
ほとんど同時に――。
「「……あなた、本当に誰?」」
また声が重なった。




