第5場面「だから、お前だけ幸せなのは腹が立つ」
悪役レティシアは、しばらく窓の外を眺めていた。
それから。
ゆっくりと、令嬢レティシアへ視線を戻す。
その表情には、怒りがある。
けれど。
それだけではなかった。
どこか。
言葉にしにくい感情が混ざっている。
「……だから」
「はい?」
悪役は、少しだけ目を細めた。
「お前だけ幸せになるのは、少し腹が立つ」
「……」
令嬢は何も言えなかった。
悪役は、淡々と続ける。
「王都では、お前は愛された」
「……」
「みんなに優しくされて」
一つ。
「殿下にも大切にされて」
また一つ。
「家族にも愛されて」
令嬢の胸が、少しだけ痛んだ。
どれも。
間違いではない。
王都で過ごしていた頃。
父も。
母も。
使用人たちも。
アルベルトも。
そして、多くの人たちが。
自分に優しくしてくれた。
「……私は」
令嬢が口を開こうとする。
けれど。
悪役が先に続けた。
「私は嫌われて」
「……」
「追い出された」
その声には。
恨み言らしい響きはなかった。
ただ。
そうだった、と。
事実を並べているだけだった。
「お前は王都で、幸せそうに笑ってた」
「……」
「私は、そこで嫌われてた」
悪役は、少しだけ視線を落とす。
「同じ顔で」
「同じ記憶があって」
「同じ家で育って」
「同じ人たちを大切にしていたはずなのに」
そして。
小さく息を吐いた。
「同じ私だったのにね」
「……」
令嬢は、何も言えなかった。
反論できない。
「私は幸せでした」と言うことはできる。
けれど。
それを今、口にしてしまえば。
目の前にいる彼女の痛みを。
なかったことにしてしまう気がした。
悪役は怒鳴らない。
責め立てもしない。
ただ。
自分がどんな場所にいたのかを。
静かに伝えている。
その言葉の一つ一つが。
令嬢の胸に、重く沈んでいった。




