第4場面「お前が私を追い出した」
しばらくの間。
二人の間に、静かな時間が流れていた。
机の上には、先ほどまで整理していた書類が積まれている。
けれど。
もう、どちらも書類には目を向けていなかった。
令嬢レティシアは、少しだけ迷った。
そして。
静かに口を開く。
「……それでも、王都に戻りたいとは思わないのですか?」
悪役レティシアは、少しも迷わなかった。
「思わない」
即答だった。
「……そう、ですの」
令嬢が小さく頷く。
すると。
悪役は、ほんの少しだけ視線を落とした。
「だって」
一拍。
「お前が私を追い出したから」
「……」
令嬢の表情が止まった。
悪役は、その顔を見ながら。
少しだけ言葉を選ぶように続けた。
「……正確には、あのときのお前が、だけどね」
責めるような声ではなかった。
怒鳴っているわけでもない。
ただ。
事実を口にしているだけだった。
「あのときのお前は、自分の中にあるものを、いらないと思った」
令嬢は何も言えない。
覚えている。
あの日。
王城での断罪を終えたあと。
疲れ切っていた自分が、思ったこと。
怒りたくない。
誰かを傷つけたくない。
嫌われたくない。
もっと優しい人間になりたい。
そして。
自分の中にある「嫌な部分」をなくしたいと思った。
その願いに。
魔女が応えた。
「……」
悪役は、ゆっくりと息を吐いた。
「お前が悪いって言いたいわけじゃないわ」
「……え?」
「私だって分かってる」
悪役は、自分の胸元に手を当てる。
「お前は、自分の中にあるものを『いらない』と思っただけ」
「……」
「怒りっぽいところも」
「意地っ張りなところも」
「人に嫌われても、言うべきことを言うところも」
淡々と。
一つずつ並べていく。
「そういう自分を、変えたかったんでしょう?」
令嬢は、俯いた。
「……はい」
小さな声だった。
「私は……もっと、優しい人になりたかったのですわ」
「うん」
悪役は頷いた。
「知ってる」
だからこそ。
余計に、苦しかった。
悪役は窓の外を見る。
グランフェルの景色。
王都とは違う。
整えられた街並みでもない。
豪華な建物が並んでいるわけでもない。
けれど。
ここには。
自分が生きてきた時間がある。
「でもね」
悪役が言った。
「その結果、私は切り離された」
「……」
「そして、王都から追い出された」
令嬢の指が、膝の上で小さく動いた。
「私は、自分から出ていったわけじゃない」
その声が。
ほんの少しだけ、低くなる。
「捨てられたのよ」
「……」
令嬢の表情が曇った。
その言葉が。
胸の奥に、重く落ちていく。
捨てられた。
そんなつもりはなかった。
そんなつもりでは、なかったのに。
けれど。
結果として。
自分は彼女を切り離した。
自分の中から。
自分の人生から。
そして。
王都から。
「……私……」
令嬢は、何かを言おうとして。
口を閉じた。
「……」
謝るべきなのだろうか。
でも。
今は。
ただ「ごめんなさい」と言えばいいのではない気がした。
悪役レティシアは、そんな令嬢を見ていた。
そして。
ぽつりと。
「だから」
「……?」
「王都に戻りたいとは思わない」
悪役は、窓の外へ視線を戻す。
「ここでは、私が私でいられるから」
令嬢は答えなかった。
ただ。
目の前にいる、自分と同じ顔をしたもう一人の自分を見つめていた。
その人が。
自分の中から切り離された存在なのだということを。
今になって。
改めて思い知らされていた。




