第3場面「でも、嫌われていた」
「必要だった」
その言葉を。
令嬢レティシアは、しばらく胸の中で繰り返していた。
王都でも。
この人は必要だった。
ならば。
どうして――。
「でも」
悪役レティシアが、ぽつりと言った。
「私は王都で嫌われていた」
「……」
令嬢は黙った。
悪役は、まるで他人事のように続ける。
「当然でしょう?」
「当然……?」
「ええ」
肩をすくめる。
「私、嫌われるようなことばかり言ってたもの」
「……」
「無理なものには、無理と言った」
一本。
指を立てる。
「危険な政策には反対した」
二本。
「責任を押しつけられれば、拒否した」
三本。
「誰かの失敗を、私の責任にされそうになったら――」
少しだけ眉を上げる。
「『どうして私がやらなければならないの?』って言った」
令嬢は思わず黙り込む。
その言葉。
どれも。
今の自分なら、口にすることをためらってしまう。
けれど。
この人は。
平然と言っていたのだ。
「だから」
悪役は笑った。
「言われたわ」
「何を……ですの?」
「いろいろよ」
指を折りながら。
「冷たい女」
「融通が利かない」
「高慢」
「性格が悪い」
「人の気持ちが分からない」
令嬢の眉が、わずかに下がる。
「……そんな」
「他にもあったわよ」
悪役は淡々としている。
「『侯爵令嬢なのだから、もっと愛想よくしろ』とか」
「『少しくらい我慢すればいい』とか」
「『あなたならできるでしょう?』とか」
その言葉を聞いた瞬間。
令嬢の表情が変わった。
「……」
それは。
聞き覚えのある言葉だった。
自分自身も。
王都で何度も聞いてきた。
――レティシアなら大丈夫。
――あなたならできますわよね。
――少しくらいお願いしてもいいでしょう?
けれど。
自分は、それを嫌だとは言わなかった。
笑って。
引き受けた。
「……同じですわ」
「何が?」
令嬢は、ぽつりと言った。
「私も……その言葉を、たくさん聞きましたわ」
悪役は少しだけ目を細める。
「そうでしょうね」
「でも……私は」
令嬢は言葉を探す。
「嫌われるのが怖くて」
「……」
「嫌だと言えませんでした」
悪役は何も言わない。
令嬢は続ける。
「だから、引き受けて」
「笑って」
「相手が困らないようにして」
「……」
「それで、必要とされていることが嬉しかったのだと思います」
悪役は、少しだけ目を伏せた。
「私は逆だったわ」
「……?」
「必要とされること自体は、嫌じゃなかった」
悪役は机の上の書類を見る。
「むしろ、仕事ができるってことは、自分でも分かってた」
「……はい」
「でも」
悪役は静かに言う。
「嫌なことまで引き受けるつもりはなかった」
令嬢は黙って聞く。
「無理なものは無理」
「危ないものは危ない」
「間違ってることは間違ってる」
「それを言ったら、嫌われた」
悪役は、少しだけ笑った。
「簡単な話よ」
「……」
「私は、人に好かれることより、自分が納得できることを優先した」
その言葉に。
令嬢の胸が、少しだけ痛んだ。
それは。
自分が失っていたものだった。
「だから」
悪役は令嬢を見る。
「私は王都で嫌われていた」
そして。
淡々と。
けれど。
はっきりと言った。
「嫌われていたけど、必要だった」
令嬢は息を止めた。
その言葉が。
胸の奥に深く落ちていく。
必要だった。
嫌われていた。
その二つは。
同時に存在できる。
今まで。
令嬢はどこかで。
「必要とされること」と「好かれること」を。
同じものだと思っていた。
けれど。
違う。
必要だからといって。
愛されるとは限らない。
嫌われているからといって。
価値がないわけでもない。
「……」
令嬢は、目の前のもう一人の自分を見る。
同じ顔。
同じ記憶。
けれど。
生き方は、まるで違う。
そして。
その違いが。
少しずつ分かり始めていた。




