第6場面 「ごめんなさい」
「同じ私だったのにね」
その言葉が。
令嬢の胸に残っていた。
何も言えない。
何を言えばいいのかも分からない。
だから。
自然と視線が落ちた。
膝の上で、指をぎゅっと握る。
そして。
小さく。
「……ごめんなさい」
その瞬間だった。
「謝るな!」
「……っ!」
令嬢が驚いて顔を上げる。
悪役レティシアが、こちらを睨んでいた。
「それよ!」
「え……?」
「すぐ謝る!」
悪役は立ち上がりそうな勢いで言った。
「何かあるたびに自分が悪くなくても謝る!」
「ですが……」
「だから嫌なのよ!」
令嬢がびくっと肩を震わせる。
悪役は怒っていた。
けれど。
それは、単純に「謝られるのが嫌」という怒りではなかった。
「謝れば終わると思ってるでしょう!」
「……」
「自分が謝れば、相手もそれ以上何も言わなくなる」
「場も収まる」
「みんなが嫌な気持ちにならずに済む」
一つ一つ。
まるで令嬢の考え方を知り尽くしているかのように、言葉を重ねていく。
「そうやって、ずっとやってきたんでしょう?」
「……」
否定できなかった。
令嬢は。
確かにそうしてきた。
自分が少し我慢すれば。
自分が一歩引けば。
自分が謝れば。
誰かが傷つかずに済む。
そう思っていた。
だから。
悪役は、さらに言った。
「でもね」
声が少し低くなる。
「私は、今、怒ってるの」
「……」
「腹が立ってるの」
悪役は、自分の胸元に手を当てた。
「悔しいのよ」
その言葉には。
先ほどまでの淡々とした口調とは違うものがあった。
「それを……」
悪役は令嬢を真っ直ぐ見る。
「『ごめんなさい』の一言で終わらせないで」
「……!」
令嬢の目が揺れた。
悪役は、はっきりと言った。
「私が怒っていることまで、謝って終わらせようとしないで!」
部屋に。
静寂が落ちた。
令嬢は、何も言えなかった。
謝ることが。
優しさだと思っていた。
相手を傷つけないためのものだと思っていた。
けれど。
今、目の前にいる自分の半分は。
その「優しさ」によって。
自分の感情まで消されることを、嫌がっている。
「……」
令嬢は、ゆっくりと顔を上げた。
悪役はまだ怒っている。
けれど。
その怒りを。
今度は、逸らさずに見つめようと思った。




