第11場面「ノワールの歓迎」
二人が庭を歩いていると。
ふと。
茂みの向こうから、黒い影が現れた。
「……?」
令嬢レティシアが足を止める。
ゆっくりと姿を現したのは、黒い魔獣――ノワールだった。
大きな身体。
艶のある黒い毛並み。
鋭い目。
けれど。
悪役レティシアの姿を見つけると、ノワールは当然のようにその隣へ歩いてくる。
「ノワール?」
令嬢が嬉しそうに声を上げた。
ノワールがこちらを見る。
「……」
じっと。
見ている。
令嬢もじっと見返す。
同じ顔。
同じ声。
同じ記憶。
けれど。
ノワールにとっては、まったく別の存在なのだろう。
令嬢は少し考えて。
そっと手を伸ばした。
「ノワール」
ノワールの耳が、ぴくりと動く。
「あなたとも仲良くなりたいですわ」
「……」
ノワールは動かない。
令嬢は笑顔のまま、もう少し手を伸ばす。
「怖くありませんわよ?」
「やめておいたほうがいいわよ」
隣から、悪役レティシアが言った。
「どうしてですの?」
「ノワール、人見知りだから」
「でも、あなたとは仲がよろしいのでしょう?」
「私はもう慣れてるから」
「でしたら、私も――」
令嬢が手を差し出したまま待つ。
ノワールはしばらく令嬢の手を見つめていた。
そして。
ゆっくりと近づく。
「まあ……!」
令嬢の顔が明るくなる。
ノワールの鼻先が、令嬢の手に触れた。
すん。
すん。
匂いを嗅ぐ。
令嬢は嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ。やはり、分かってくださ――」
「ふん」
ノワールは。
顔を背けた。
「……」
令嬢の笑顔が固まる。
ノワールはそのまま、くるりと向きを変えた。
そして。
何事もなかったかのように。
悪役レティシアの隣へ戻っていく。
「…………」
令嬢は、差し出した手を見つめた。
悪役レティシアもノワールを見る。
そして。
「嫌われたわね」
「なぜですの!?」
即座に令嬢が叫んだ。
「おかしいですわ!」
「何が?」
「だって!」
令嬢はノワールを指差す。
「私もあなたの半分ですのに!」
「そこは関係ないでしょう」
「関係ありますわ!」
「ないわよ」
「ありますわ!」
ノワールは二人の言い合いなど気にも留めず。
悪役レティシアの足元で、悠々と尻尾を揺らしている。
令嬢は悔しそうにノワールを見つめた。
「……私の何がいけないのでしょう」
「さあ?」
「あなたには懐いているではありませんか!」
「だから、私は私でしょう?」
「私だって私ですわ!」
「そうね」
悪役レティシアが、少しだけ笑う。
「だからノワールが誰を好きかも、ノワールが決めればいいのよ」
「…………」
令嬢は黙った。
そして。
ノワールを見る。
ノワールは悪役レティシアの足元で、満足そうに目を細めている。
「……ずるいですわ」
「何が?」
「自分で決めるのは、あなたの専売特許ではありませんのね」
「当たり前でしょう」
その返事に。
令嬢は、ふっと笑った。
悪役レティシアも笑う。
「ふふ……」
「……何よ」
「いえ」
令嬢はノワールを見ながら言った。
「なんだか、少し安心しましたわ」
「何が?」
「あなたが一人で寂しく暮らしていたわけではなかったのだと、分かりましたもの」
「……」
悪役レティシアは、一瞬だけ黙る。
そして。
「まあね」
小さく答えた。
ノワールが、その足元で尻尾を振る。
「……」
令嬢はそれを見て。
「……でも、いつか仲良くなってみせますわ」
「無理じゃない?」
「なぜですの!?」
「ノワール、頑固だから」
「あなたに言われたくありませんわ!」
「……あんたも大概よ」
「まあ!」
二人は顔を見合わせる。
そして。
同時に。
「ふふっ」
「ははっ」
初めて。
二人は、同じことで笑った。
ノワールだけが。
「……」
何も分からない顔で、二人を見上げていた。




