第9場面「王都には戻らない」
「あなたと一緒にいられる場所を、探したいのです」
その言葉のあと。
二人の間に、静かな時間が流れた。
悪役レティシアは。
しばらく令嬢レティシアを見つめていた。
やがて。
ふっと。
小さく笑う。
「……本当に変わったわね」
「そうでしょうか?」
令嬢レティシアは、少し首を傾げる。
「ええ」
悪役レティシアは腕を組んだ。
「前のあなたなら、もっと必死に『一緒に帰りましょう』って言ってたでしょうね」
「……」
「私が嫌だって言っても」
「……そうかもしれませんわ」
「『どうして?』って何度も聞いて」
「……」
「最後には、皆に相談して、どうすれば私を連れ戻せるか考えてたと思う」
令嬢レティシアは、苦笑した。
「否定できませんわね」
「でしょう?」
悪役レティシアも笑う。
けれど。
その笑みが。
少しだけ消えた。
「でも」
「……?」
悪役レティシアは、まっすぐに令嬢レティシアを見る。
「私は王都には帰らないわ」
「……」
その言葉を聞いて。
令嬢レティシアは。
少しだけ目を伏せた。
けれど。
今度は。
すぐに顔を上げる。
「はい」
「……」
悪役レティシアが、目を瞬く。
令嬢レティシアは。
穏やかに微笑んだ。
「分かりましたわ」
「……」
悪役レティシアは、しばらく固まっていた。
「……随分あっさりね」
「そうでしょうか?」
「そうよ」
悪役レティシアは、少し呆れたように言う。
「昨日まで、あんなに帰ってほしそうにしてたじゃない」
「ええ」
「なのに?」
「はい」
令嬢レティシアは、頷いた。
「あなたが決めたことですもの」
「……」
「私が決めることではありませんわ」
悪役レティシアの表情が。
わずかに変わった。
令嬢レティシアは続ける。
「あなたがここで暮らしたいと思うのなら」
「……」
「それを尊重したいと思います」
「……本当に?」
「はい」
今度は。
迷わなかった。
「私も、自分で決めることの大切さを知りましたから」
悪役レティシアは黙っている。
「なら」
令嬢レティシアは、静かに続けた。
「あなたにも、自分で決める権利がありますわ」
「……」
その言葉に。
悪役レティシアは、少しだけ視線を逸らした。
「……なんか」
「はい?」
「変な感じ」
「何がですの?」
「あなたにそんなこと言われるの」
令嬢レティシアは、少し笑う。
「私もですわ」
二人の間に。
また静かな時間が流れた。
以前なら。
令嬢レティシアは。
「嫌です」と言っていただろう。
「どうしてですの?」と聞き続けただろう。
相手が望む答えにたどり着くまで。
何度も話し合おうとしたかもしれない。
けれど。
今は違う。
自分がどうしたいのかを考える。
そして。
相手にも。
相手自身の答えがあることを認める。
それは。
諦めることではない。
無関心になることでもない。
むしろ。
相手の意思を。
ちゃんと一人の意思として受け止めることだった。
「……では」
令嬢レティシアは、穏やかに言った。
「これから、どうするのかを考えましょう」
「……一緒に?」
「はい」
悪役レティシアは。
ほんの少しだけ笑った。
「それなら、いいわ」
夕暮れの黒薔薇館。
二人のレティシアは。
まだ別々の場所にいる。
けれど。
初めて。
同じ方向を見ていた。




