第16話 第5場面 「あなたが必要なんです」
「……」
悪役レティシアは、しばらく黙っていた。
自分にも選ぶ権利がある。
そんなことを言われるとは思っていなかった。
けれど。
まだ一つだけ。
どうしても分からないことがある。
「だったら」
悪役レティシアが口を開く。
「何しに来たのよ」
「……」
レティシアは答えようとして。
少しだけ迷った。
ここまで来る途中。
何度も考えた言葉だった。
けれど。
いざ本人を目の前にすると。
簡単には言えない。
「……」
レティシアは、自分の胸元へ手を添えた。
そして。
静かに顔を上げる。
「あなたが必要なんです」
「……」
悪役レティシアの表情が止まった。
レティシアは続ける。
「私には、あなたが必要です」
「……」
今度は。
悪役レティシアも何も言わなかった。
ただ、じっとレティシアを見ている。
レティシアは、自分の胸の奥を探るように言葉を続けた。
「私は……あなたが持っているものを失いました」
「……私が?」
「ええ」
レティシアは頷く。
「怒ることも」
「……」
「嫌なことを、嫌だと言うことも」
悪役レティシアの眉が、わずかに動く。
「自分で決めることも」
そして。
「間違っていると思ったことに……そう言うことも」
一つ。
また一つ。
自分から消えてしまったものを挙げていく。
王都では。
誰もが自分を褒めてくれた。
優しい。
穏やか。
素晴らしい令嬢。
以前よりもずっと、皆に好かれるようになった。
それなのに。
胸の奥には。
ずっと、小さな空白があった。
「……」
レティシアは、その空白にそっと触れるように胸へ手を当てる。
「私は、ずっと……何かが足りないと思っていました」
悪役レティシアは黙っている。
「そして」
レティシアは、もう一人の自分を見る。
「それが、あなたなのだと思います」
「……」
悪役レティシアの目が細くなる。
「だから、私はあなたに会いたかったんです」
「……」
しばらく。
誰も口を開かなかった。
やがて。
悪役レティシアが、小さく息を吐く。
「……だったら」
その声は、先ほどまでより少しだけ静かだった。
「私を連れて帰ればいいじゃない」
「……」
レティシアは首を横に振った。
「いいえ」
「どうしてよ」
「それだけでは、違うと思うのです」
「……」
レティシアは自分の胸に置いた手を、ゆっくり下ろした。
「私は……あなたが持っているものを取り戻したい」
悪役レティシアの眉が動く。
「でも」
レティシアは、はっきりと言った。
「それを、ただ元に戻せばいいとは思っていません」
「……」
悪役レティシアが目を見開く。
「元に……戻さない?」
「はい」
「じゃあ、何をするのよ?」
レティシアは答えなかった。
まだ。
自分でも分からない。
ただ。
一つだけ分かっていることがある。
「あなたを知りたいのです」
「……」
「あなたが何を考えて、何を選んで、ここでどう生きているのか」
そして。
「そのうえで」
レティシアは、もう一人の自分をまっすぐ見つめた。
「私も、自分がどう生きたいのかを決めたいのです」
「……」
悪役レティシアは。
今度こそ、言葉を失った。
「……あんた」
その声には。
先ほどまでの苛立ちとは違う。
戸惑いが混じっていた。
「本当に……私なの?」
レティシアは少しだけ笑った。
「私も、そう思っていますわ」
その答えに。
悪役レティシアは、ますます困った顔をした。




