第4場面 「連れ戻すつもりじゃないの?」
「……変なの」
悪役レティシアは、そう呟いた。
目の前にいる令嬢レティシアは。
自分を連れ戻すために、ここまで来た。
そう思っていた。
王都から馬車を走らせて。
護衛まで連れて。
わざわざグランフェルまで。
なら。
言うことは決まっている。
――もう十分でしょう。
――王都へ戻りなさい。
――あなたは私の一部なのだから。
そんな言葉を。
当然のように言われると思っていた。
けれど。
「……」
目の前のレティシアは。
そんなことを言わない。
悪役レティシアは、少し考えてから尋ねた。
「……つまり」
レティシアが顔を上げる。
「私を連れ戻しに来たんじゃないの?」
「……」
令嬢レティシアは、すぐには答えなかった。
少しだけ考える。
以前の自分なら。
きっと即答していた。
もちろんですわ、と。
迷うことなく。
当然のように。
けれど。
今は。
「……まだ、分かりませんわ」
「……は?」
悪役レティシアの目が丸くなる。
「分からない?」
「ええ」
レティシアは静かに頷いた。
「あなたが、王都へ戻りたいと思っているのかどうか」
「……」
悪役レティシアは黙った。
レティシアは続ける。
「私は、それを知りませんもの」
「……」
「だから、勝手に決めることはできませんわ」
その言葉に。
悪役レティシアの表情が、わずかに変わった。
レティシアは自分の胸元へ手を添える。
「あなたにも、あなたの意思があります」
「……私の?」
「はい」
迷いのない声だった。
「あなたが何をしたいのか」
「どこで暮らしたいのか」
「誰といたいのか」
一つずつ。
確かめるように言葉にする。
「それを決めるのは、あなたですわ」
「……」
悪役レティシアは何も言わなかった。
ただ。
目の前の自分を見つめている。
自分の一部。
そう呼ばれることには、もう慣れていた。
王都から追い出されたときも。
ここへ来てからも。
自分は。
レティシアという人間から切り離された、不要な部分なのだと思っていた。
だから。
いつか誰かが。
「戻ってこい」と言うのだと思っていた。
けれど。
目の前の彼女は。
「戻りたいかどうか」を聞こうとしている。
「……」
悪役レティシアは、ふと視線を逸らした。
庭に置かれた工具。
修理途中の魔道具。
自分がここで暮らしてきた証。
それらを眺める。
「……私にも」
ぽつり。
「選ぶ権利があるっていうの?」
「ええ」
レティシアは答えた。
「当然ですわ」
その返事は。
あまりにも自然だった。
まるで。
そんなことを疑うほうがおかしい、とでも言うように。
「……」
悪役レティシアは、しばらく黙っていた。
そして。
ほんの少しだけ。
困ったように笑った。
「……本当に、変な人ね」
「そうでしょうか?」
「ええ」
悪役レティシアは肩をすくめる。
「自分の半分を探しに来たくせに、その半分が戻るかどうかは本人に聞くんだもの」
「……」
レティシアは少しだけ考えて。
それから。
静かに頷いた。
「はい」
そして。
「私も、少し前までは分かっていませんでしたから」
「何が?」
「自分で決めるということが、どういうことなのか」
悪役レティシアは目を細めた。
「……」
レティシアは続ける。
「だからこそ」
まっすぐに。
もう一人の自分を見る。
「あなたのことを、私が勝手に決めたくはありませんの」
その言葉を聞いて。
悪役レティシアは、初めて。
ほんの少しだけ。
警戒を解いた。




