第16話 第3場面 「王都に帰りなさい!」
「……あんた」
悪役レティシアは、まだ信じられないという顔で令嬢レティシアを見ていた。
自分と同じ顔。
自分と同じ声。
なのに。
目の前の自分は、はっきりと「嫌」と言った。
悪役レティシアは額に手を当てる。
「……もう」
そして。
呆れたように顔を上げた。
「王都に帰りなさい!」
「嫌です」
即答だった。
「……」
悪役レティシアのこめかみに、ぴくりと青筋が浮かぶ。
「どうしてよ!」
「あなたに会いに来たからですわ」
「会ったでしょう」
悪役レティシアは両手を広げる。
「ほら。ちゃんと会ったわよ」
「ええ」
「なら帰りなさい」
「嫌です」
「だから!」
思わず声が大きくなる。
「どうして帰らないのよ!」
レティシアは少しだけ首を傾げた。
「まだ、お話をしていませんもの」
「……話?」
悪役レティシアは眉をひそめる。
「何を話すのよ」
「あなたが、ここでどんなふうに暮らしているのか」
レティシアは、黒薔薇館の庭へ視線を向けた。
工具。
魔道具。
修理途中の設備。
王都では見たことのないものばかりだ。
けれど。
それらを見ていると、不思議と気になる。
「何をしているのか」
そして。
悪役レティシアへ視線を戻す。
「何を考えているのか」
悪役レティシアの表情が、少しだけ変わった。
レティシアは続ける。
「何を望んでいるのか」
「……」
少しだけ。
間があった。
そして。
レティシアは、静かに言った。
「それを知りたいのです」
「……」
悪役レティシアが固まった。
後ろでは、ニーナもクラリスも黙っている。
騎士たちも。
何も言わない。
黒薔薇館の庭に。
妙な静けさが落ちた。
悪役レティシアは、レティシアを見つめる。
「……は?」
思わず。
間の抜けた声が漏れた。
「……何それ」
レティシアは答えない。
ただ。
まっすぐに、もう一人の自分を見つめていた。
悪役レティシアは困惑したように眉を寄せる。
「普通、そういうの……」
言いかけて。
口を閉じる。
普通なら。
自分を迎えに来たのなら。
「帰ってきなさい」と言うはずだ。
「あなたは私の半分だから」とでも言うはずだ。
なのに。
目の前のレティシアは。
自分がここで何をしているのか。
何を考えているのか。
何を望んでいるのか。
それを知りたいと言った。
「……」
悪役レティシアは、ますます分からなくなった。
「……あんた、本当に私なの?」
「それは、こちらの台詞ですわ」
「……」
二人の視線が再びぶつかる。
そして。
悪役レティシアは、小さくため息をついた。
「……変なの」
レティシアは、ほんの少しだけ笑った。
「そうでしょうか?」
「ええ。すごく変よ」
そう言いながら。
悪役レティシアは。
なぜか、さっきまでより少しだけ警戒を緩めていた。




