第6場面 作業を終えて
### 第6場面 作業を終えて
夕暮れ。
空がゆっくりと茜色に染まっていた。
崩れた街道では、まだ村人たちが動いている。
「そこ、もう少し土を固めてくれ!」
「分かった!」
「こっちは大丈夫だ!」
護衛騎士たちも、剣を抜く代わりに土を運んでいた。
普段なら馬に乗っている彼らが、村人たちと一緒になって作業をしている。
その光景を見ながら、レティシアも最後の土を踏み固めた。
「……これで、よさそうですわね」
目の前には、街道の脇に作られた仮設の通路。
馬車が通れるほど広くはない。
けれど、人が歩くには十分な道になっている。
少なくとも、崩れた場所を無理に越える必要はない。
「これなら、徒歩で先へ進めます」
護衛騎士の一人が確認する。
「はい。馬車は迂回路を進ませます」
レティシアは頷いた。
「では、こちらはこれで終わりですわね」
そう言った瞬間。
「お嬢様」
後ろから、ニーナの声がした。
振り返る。
ニーナが何かを差し出している。
「……替えの手袋です」
「まあ」
レティシアは自分の手を見る。
白かったはずの手袋には、土がついていた。
靴も同じだった。
裾には泥が跳ねている。
「……ずいぶん汚れてしまいましたわね」
「ずいぶん、ではありません」
ニーナは呆れた顔をしている。
「完全に汚れております」
「そうですわね」
「まさか、お嬢様がここまでなさるとは思いませんでした」
レティシアは少しだけ目を丸くした。
そして。
小さく笑った。
「私も、そう思っていましたわ」
「……お嬢様まで」
「だって」
レティシアは、完成した仮設通路を見る。
「自分でも、こんなことをするとは思っていませんでしたもの」
少し離れた場所から、その会話を聞いていたクラリスが笑った。
「でも、以前のレティシア様なら、もっと早く指示を出していたでしょうね」
レティシアはクラリスを見る。
「……そうかもしれませんわ」
思い返す。
以前の自分なら。
崩落を見つけた瞬間に状況を分析して。
必要な人員を割り振って。
最短の復旧方法を決めて。
皆に指示を出していただろう。
迷うことなどなかった。
けれど。
「けれど、今の私は……」
レティシアは言葉を探す。
「皆様の意見を聞いてから決めました」
護衛騎士から、安全な迂回路について聞いた。
村人から、復旧に必要な時間を聞いた。
現場を見て。
状況を考えて。
そのうえで、自分で決めた。
クラリスは、そんなレティシアを見つめた。
そして。
静かに首を横に振った。
「いいえ」
「……?」
「少し違うと思います」
レティシアが首を傾げる。
クラリスは穏やかに微笑んだ。
「今回は、皆様の意見を聞いたあとで――」
一度、言葉を切る。
「レティシア様ご自身が、決められました」
「……」
レティシアは黙った。
その言葉が。
胸の奥に、ゆっくりと落ちていく。
以前の自分は。
すぐに決めた。
自分で考えて。
自分で判断して。
自分で動いた。
けれど。
今の自分は違う。
周囲の話を聞いた。
自分だけでは見えなかったものを知った。
他の人が何を考えているのかを知った。
そして。
そのうえで。
「……私が」
レティシアは、小さく呟いた。
クラリスが頷く。
「はい」
「私が……決めた」
その言葉を口にした瞬間。
胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなった。
不思議な感覚だった。
今までとは違う。
誰かに合わせたわけではない。
誰かに押しつけたわけでもない。
誰かに決めてもらったわけでもない。
話を聞いた。
考えた。
そして。
最後に、自分で決めた。
(私は、今……)
レティシアは、自分の胸にそっと手を当てる。
(自分で決めた)
ほんの小さなことだった。
街道の復旧方法を決めただけ。
国の命運を左右するような決断でもない。
けれど。
レティシアにとっては。
それ以上に大きな意味を持っていた。
「……そういうこと、なのですね」
「何か分かりましたか?」
クラリスが尋ねる。
レティシアは少し考えて。
微笑んだ。
「ええ」
「何がです?」
レティシアは、夕暮れの空を見上げた。
「人の話を聞くことと、人に決めてもらうことは……違うのですわね」
クラリスは、嬉しそうに笑った。
「はい」
レティシアも笑う。
「それなら……」
もう一度、街道の先を見る。
グランフェル。
そこには、もう一人の自分がいる。
以前の自分なら、きっと迷わず進んでいただろう。
今の自分は、周囲の声を聞きながら進む。
けれど。
最後にどこへ行くのかを決めるのは。
「私、ですわね」
その言葉は。
とても小さかった。
けれど。
確かに、自分自身の声だった。




