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悪役令嬢レティシア、二人になりました  作者: 南蛇井


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第5場面 ニーナの確認


街道の脇。


崩れた道から少し離れた場所に、簡単な休憩所が作られていた。


馬車は迂回路へ向かう準備を進めている。


護衛騎士たちは馬の状態を確認し、村人たちは土砂を運ぶための道具を整理していた。


さっきまで混乱していた現場も、レティシアが指示を出したことで、少しずつ動きが整っていく。


「こちらの道具は、あちらへ!」


「土砂はこの場所に集めてくれ!」


「水が流れるように、そこは空けておいて!」


人々の声が飛び交う。


レティシアは、その様子を少し離れた場所から眺めていた。


自分が言ったことが、実際に形になっている。


それが、不思議だった。


(私……ちゃんと決められたのですね)


ほんの少し前まで。


護衛騎士の意見に従って、迂回路を進むつもりだった。


それが間違いだったわけではない。


安全を考えれば、むしろ正しい判断だった。


けれど。


あのまま進んでいたら、きっと今日のことはなかった。


自分が何を考えているのかも。


何をしたいのかも。


何も知らないまま、馬車に揺られていた。


「お嬢様」


声をかけられ、レティシアは振り返った。


ニーナだった。


いつものように落ち着いた顔をしている。


けれど、その目には少しだけ心配そうな色があった。


「どうしましたの?」


「……本当にそれでよろしいのですか?」


レティシアは、ニーナを見る。


その問いは、先ほども聞いた。


けれど今度は、少し意味が違っていた。


「ここに残ることです」


ニーナは続けた。


「お嬢様は、本来なら馬車で先に進まれる立場です。泥にまみれてまで、ここで作業を手伝う必要はありません」


「ええ」


「それでも?」


レティシアは答えようとした。


「皆様がよろしいのでしたら――」


そこまで口にして。


止まった。


「……」


その言葉が、自分の口から出たことに気づいた。


いつもの言葉。


相手に合わせるための言葉。


自分の判断を、誰かの判断に預けるための言葉。


レティシアは、ゆっくりと息を吸った。


そして。


今度は違う言葉を選んだ。


「はい」


ニーナが、黙ってレティシアを見る。


「私は、ここに残りますわ」


その声には、迷いがなかった。


ニーナは何も言わない。


ただ、レティシアが次に何を言うのか待っている。


レティシアは、街道の先を見つめた。


その先には、グランフェルがある。


そして。


そこには、もう一人の自分がいる。


「私は……」


一度、言葉を止める。


そして、ゆっくりと続けた。


「私は、自分の半分を取り戻します」


ニーナの眉が、わずかに下がった。


「それは……」


少し迷うようにしてから、尋ねる。


「それは、あちらのレティシア様を、こちらへ連れ戻すという意味ですか?」


レティシアは首を横に振った。


「まだ、分かりませんわ」


「……」


「私も、最初はそう思っていました」


レティシアは、自分の胸元へ手を当てる。


「私の中から失われたものなら、もう一度、私の中へ戻せばいいのだと」


けれど。


今は、それだけではないと分かっている。


あの人には、あの人の時間がある。


辺境で過ごした日々がある。


水路を直した。


鉱山の問題を解決した。


村人たちに頼られるようになった。


辺境伯と口論をして。


黒薔薇館では魔獣と暮らしているらしい。


それはもう。


単なる「失われた自分の一部」ではない。


「……あの人が戻りたいのかどうか、私はまだ知りません」


レティシアは、静かに言った。


「もしかしたら、戻りたくないかもしれませんわ」


ニーナは何も言わない。


「王都を嫌っているかもしれません。私のところへ戻ることを拒むかもしれません」


それでも。


「けれど……会いたいのです」


レティシアは、はっきりと言った。


「話をしたいのです」


その言葉を口にすると、不思議と胸の奥が軽くなった。


「私は、あの人のことを何も知りません」


同じ記憶を持っている。


同じ顔をしている。


同じ名前を持っている。


それでも。


「どうして、あの人があんなに怒るのか」


「どうして、あんなに迷わず物事を決められるのか」


「どうして、嫌われることを恐れずに、自分の意見を言えるのか」


レティシアは、少しだけ目を伏せた。


「そして……どうして、私はそれができなくなったのか」


答えは、まだ見つからない。


だからこそ。


「会ってみなければ、分かりませんわ」


レティシアは街道の先を見つめた。


遠くには、山々が連なっている。


その向こうにグランフェルがある。


「私には、あの人が必要なのです」


ニーナが、静かに息を呑んだ。


その言葉を言ったのは、レティシア自身だった。


誰かに言われたからではない。


誰かに望まれたからでもない。


自分でそう思ったから。


「……それでも、行くのですか?」


ニーナが尋ねる。


レティシアは振り返った。


「はい」


迷わなかった。


「私は、自分の半分を取り戻します」


けれど、その言葉の意味は。


もう以前とは違っていた。


あの人を自分の中へ戻すことではない。


あの人の意思を無視して、王都へ連れて帰ることでもない。


自分の中にあったものを、もう一度見つめること。


怒りも。


誇りも。


自分を守る心も。


そして、それらを持ったもう一人の自分が、どんな人生を選んだのかを知ること。


それが、自分の半分を取り戻すということなのだ。


ニーナはしばらくレティシアを見つめていた。


やがて。


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