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悪役令嬢レティシア、二人になりました  作者: 南蛇井


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第2場面 最初の休憩地


昼を少し過ぎた頃。


馬車は、街道沿いにある小さな宿場町へ入った。


王都から離れるにつれて、建物は少しずつ簡素になっていく。


それでも旅人の往来は多いらしい。


街道沿いには宿屋や食堂、商店が並び、荷馬車が何台も停まっていた。


「こちらで昼食と、馬の休息を取ることにいたしましょう」


護衛騎士の一人が馬車の横から声をかける。


レティシアは窓の外を見た。


「ええ。お願いしますわ」


馬車が宿屋の前で止まる。


扉が開き、レティシアが降りると――。


「は、はい! ようこそお越しくださいました!」


宿の主人が、慌てて駆け寄ってきた。


四十代ほどの男性だった。


その顔には、明らかな緊張が浮かんでいる。


「ヴァレンフォール侯爵家のご令嬢様でいらっしゃいますね?」


「ええ」


「お、お待ちしておりました!」


「……待っていた?」


レティシアが首を傾げる。


主人は慌てて手を振った。


「い、いえ! その、王都から貴族の方がお越しになるとは聞いておりましたので!」


「ああ、そういうことですの」


レティシアが微笑むと、主人はさらに深く頭を下げた。


「お部屋も、できる限り良いものをご用意いたします! お食事も、街で手に入る最高のものを――」


「それは助かりますわ」


その横で、ニーナがすぐに動き始める。


「では、お嬢様のお部屋を確認してまいります。それから昼食についてですが――」


ニーナが宿の主人と話している間にも、レティシアは周囲を見回した。


宿場町は、かなり混雑している。


食堂には旅人が何人もいる。


店員たちは忙しそうに料理を運び、宿の前では商人たちが荷物を積み下ろしていた。


どうやら、かなり客が多いらしい。


しばらくして。


ニーナが戻ってきた。


その表情は、少しだけ困っている。


「お嬢様」


「どうしましたの?」


「一番良いお部屋は、すでに他のお客様が使っているそうです」


「そう」


「その次のお部屋も、今夜には別のお客様が入る予定で……」


「それなら、空いているお部屋で構いませんわ」


「ですが――」


「ニーナ」


「はい」


「私たちは今日、泊まるために来たのではありませんわ。昼食と馬の休息ができれば十分でしょう?」


ニーナは一瞬黙った。


「……はい」


その返事に、少しだけ不満が混じっていた。


けれど、レティシアは気づかないふりをした。


やがて昼食が運ばれてきた。


パン。


野菜のスープ。


焼いた肉。


それに保存食を使った簡単な付け合わせ。


決して粗末ではない。


けれど、王都の侯爵家で出される料理と比べれば、ずっと簡素だった。


宿の主人が何度も頭を下げる。


「申し訳ございません。ご令嬢様にお出しできるものが、これほどしか……」


「そんなに謝らなくても――」


「ですが、王都の方でしたら、もっと良いものを召し上がるでしょうし……」


「いえ」


レティシアは、料理を見た。


そして、周囲の客へ視線を移す。


皆、同じような食事をしている。


隣の席では、商人らしい男性が豪快にパンをちぎっていた。


向かいでは、旅人の家族がスープを分け合っている。


特別な料理ではない。


けれど――。


「十分ですわ」


主人が顔を上げる。


「皆様も同じものを召し上がっているのでしょう?」


「は、はい」


「でしたら、私だけ特別にする必要はありませんわ」


「……!」


宿の主人が、目を丸くした。


「ありがとうございます!」


深々と頭を下げる。


その横で、ニーナが小さく息を吐いた。


「……よかったですね」


「ええ?」


「いえ。何でもありません」


クラリスも、少し離れた席でその様子を見ていた。


そして、ふと気づく。


レティシアが今、ほとんど迷わずに主人へ答えたことに。


以前のレティシアなら――。


いや。


今のレティシアでも、きっと同じことを言う。


相手が困っている。


自分が譲れば、相手が安心する。


だから譲る。


それは確かに優しさだ。


けれど。


(これは……自分で何かを選んだ、ということなのかしら)


クラリスは、少しだけ考える。


レティシア自身は、そんなことを考えている様子はない。


ただ、宿の主人が安心したことを嬉しそうに見ていた。


「……」


レティシアは、スープを一口飲む。


「美味しいですわ」


主人の顔が、ぱっと明るくなった。


「ありがとうございます!」


レティシアも微笑む。


それを見ながら、クラリスは何も言わなかった。


――昼食を終えた後。


一行は、宿の前にある掲示板の前へ移動した。


街道を行き交う人々へ向けて、さまざまな知らせが貼られている。


商人向けの情報。


宿場町からの案内。


天候についての注意。


そして、その中に一枚。


「……これは?」


レティシアが足を止めた。


紙には、グランフェル方面の街道について書かれていた。


**『昨夜の雨により、グランフェル方面の街道の一部が崩落。通行の際は注意されたし』**


その下には、簡単な地図まで描かれている。


崩落地点。


迂回路。


そして、迂回した場合のおおよその距離。


レティシアは、じっと紙を見つめた。


(街道が……)


グランフェルへ向かう道。


自分たちが、これから進む道だ。


「お嬢様」


護衛騎士が声をかける。


「この先の街道が崩れているようです」


「そうみたいですわね」


「完全に通行不能というわけではないようですが、馬車で通るには危険かもしれません」


レティシアは、掲示板の地図を見た。


崩落地点から伸びる迂回路。


さらに、その先。


頭の中で、自然と道がつながっていく。


(こちらへ回れば……)


その瞬間。


かつての自分なら、どうしただろう。


地図を開く。


距離を計算する。


馬の状態を確認する。


到着予定時刻を考える。


護衛の人数を見て。


安全性を比較して。


そして――。


「こちらの道のほうが――」


そこまで考えて、レティシアは口を閉じた。


護衛騎士が待っている。


クラリスも。


ニーナも。


誰も、何も言わない。


レティシアは、しばらく地図を見つめた。


けれど。


最後に出てきた言葉は――。


「護衛の皆様が、安全だと思われる道でよいのではありませんか?」


護衛騎士は一礼した。


「承知しました」


それだけだった。


レティシアは頷く。


「お願いしますわ」


一行は、再び出発の準備を始めた。


馬車へ戻るため、レティシアも掲示板から離れる。


けれど。


その足取りは、どこか重かった。


(……どうして?)


自分でも理由が分からない。


別に、間違ったことを言ったわけではない。


安全を優先した。


専門家である護衛騎士の判断に任せた。


それでいいはずだ。


なのに。


(何か……)


レティシアは、もう一度だけ振り返った。


掲示板に貼られた


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