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悪役令嬢レティシア、二人になりました  作者: 南蛇井


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第3場面 王子の頭の中で整理されること

 王宮、アルベルトの執務室。


 机の上には、いくつもの書類が積まれていた。


 その中央に、アルベルトは一枚の白紙を置く。


 ペンを手に取り、しばらく考えた。


「……まずは、状況を整理しよう」


 誰に言うでもなく呟き、紙の上に文字を書き始める。


 一つ目。


『レティシアは二人いる』


 アルベルトは、そこまで書いて頷いた。


「うん。ここまでは間違いない」


 二つ目。


『二人とも、レティシア本人である』


 ペン先が止まる。


 少しだけ眉を寄せたが、これも事実だった。


 顔も。


 声も。


 記憶も。


 侯爵令嬢レティシアとして過ごしてきた人生も。


 二人は、どちらも本物のレティシアだった。


「……本物が二人いる、というのがそもそも難しいんだけど」


 それでも、アルベルトは書き進める。


 三つ目。


『一人は王都にいる』


 四つ目。


『もう一人はグランフェルにいる』


 ここまでは、まだ理解できる。


 問題は、その先だった。


 アルベルトは一度、ペンを置いた。


 そして、深く息を吸う。


「……続けよう」


 五つ目。


『令嬢レティシアは、もう一人を迎えに行く』


 六つ目。


『迎えに行った後、一緒に暮らしたい』


 アルベルトの手が、ぴたりと止まった。


「一緒に……暮らす」


 その言葉を、何度か頭の中で繰り返す。


 レティシアは、グランフェルへ行く。


 そこで、もう一人のレティシアに会う。


 そして、そのまま連れ帰る。


 いや。


 先ほどの彼女の言葉を思い出す。


『もし本人が望むなら、一緒に暮らしたいのです』


 無理やり連れ戻すつもりではない。


 相手の意思を聞くつもりなのだ。


 それは、アルベルトにも分かっていた。


 以前のレティシアなら、きっと違った。


 自分のことよりも、周囲の都合を優先した。


 誰かが望むなら、それに合わせた。


 誰かが困るなら、自分が引き受けた。


 けれど今の彼女は違う。


 初めて、自分から行き先を決めた。


 初めて、自分の願いを口にした。


 そのことを、アルベルトは理解している。


 理解しているからこそ――。


 簡単に止めることができなかった。


「……」


 アルベルトは、再び紙に目を落とす。


 七つ目。


『つまり、レティシアが二人になる』


 書いた文字を見つめたまま、アルベルトは固まった。


 そして、ゆっくりと八つ目を書き加える。


『その場合、自分の婚約者も二人になる』


 最後の一文を書き終えたところで、部屋が静まり返った。


 アルベルトは、しばらく紙を見つめていた。


 何度読んでも、書かれている内容は変わらない。


 レティシアは二人。


 二人ともレティシア。


 一人は王都。


 もう一人はグランフェル。


 そして、二人は一緒に暮らす予定。


 つまり。


「……僕の婚約者が、二人になる」


 声に出してみると、想像していた以上に大きな問題に聞こえた。


 アルベルトは、静かに紙を裏返した。


「……考えることが多すぎる」


 そのとき、傍らに控えていた侍従が、遠慮がちに声をかけた。


「殿下。何か問題がございますか?」


 アルベルトは、裏返した紙に手を置いたまま黙り込む。


 何か問題がある。


 それは間違いない。


 しかし、どこから説明すればいいのか分からなかった。


 魔女の呪い。


 二人に分かれたレティシア。


 王都と辺境。


 侯爵令嬢としての身分。


 追放された存在としての扱い。


 そして、婚約者が二人になる可能性。


 どれも簡単な問題ではない。


 アルベルトは、しばらく考えた末に答えた。


「……問題しかない」


「……左様でございますか」


 侍従は、それ以上何も尋ねなかった。


 ただ、アルベルトの机の上に置かれた紙を見つめる。


 裏返されているため、そこに何が書かれているのかは分からない。


 けれど、殿下がこれほど困った顔をしていることだけは、よく分かった。


 アルベルトは椅子の背にもたれ、天井を見上げる。


 レティシアを責めることはできない。


 彼女は、ようやく自分の意思で未来を選ぼうとしている。


 誰かに命じられたからでもない。


 王家のためでもない。


 自分が会いたいから。


 自分に必要だと思ったから。


 その理由で、グランフェルへ行こうとしているのだ。


 それを知ってしまった以上。


 アルベルトには、簡単に「駄目だ」と言うことなどできなかった。


「……でも」


 アルベルトは、裏返した紙をもう一度表に戻す。


 そこに並んだ八つの項目を、端から順に読み返した。


「婚約者が二人になるのは……やっぱり、問題だよね」


「殿下」


 侍従が静かに口を挟む。


「その点につきましては、私から申し上げるまでもないかと」


「そうだよね……」


 アルベルトは頷いた。


 そして、紙の端に小さく書き加える。


『本人たちの意思を確認すること』


 その文字を見つめながら、アルベルトは思った。


 自分が決めることではない。


 レティシアが二人いるなら。


 二人のレティシアが、それぞれ何を望んでいるのか。


 まずは、それを聞かなければならない。


 けれど、その先に待っている答えがどんなものなのか。


 アルベルトには、まだ想像もつかなかった。


 ただ一つだけ、確かなことがある。


 これから先。


 彼の頭の中から、「レティシアが二人いる」という問題が消えることは、しばらくなさそうだった。


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