第9場面 自分の中に残る空白
自室へ戻ったレティシアは、手にしていた書類を机の上へ置いた。
椅子に腰を下ろし、もう一度、最初のページから読み返す。
北部の収穫量。
街道の状態。
各領地の備蓄量。
過去の税収記録。
そこから導き出された問題点と、具体的な対策。
何度読んでも、内容は理解できた。
そして。
そこにいるのが、知らない人ではないことも分かっていた。
筆跡も。
考え方も。
記憶も。
すべて、自分のものだ。
間違いなく。
かつてのレティシアは、自分だった。
なのに。
「……」
今の自分には、同じ考えが浮かばない。
この書類を読めば、問題点は分かる。
結論にも納得できる。
けれど。
自分で同じ資料を集めようとは思わない。
自分で同じ分析を作ろうとも思わない。
ましてや。
それを誰かの前で、はっきりと主張しようとは思えなかった。
レティシアは、ゆっくりと胸元へ手を当てた。
そこには、何もない。
いつからだったのだろう。
自分の中に、こんな空白ができたのは。
(私は、何を失ったのでしょう)
性格だけではない。
怒りだけでもない。
強い言葉だけでもない。
もっと別の何か。
考える力。
決める力。
間違っていることに、間違っていると言う力。
そして。
自分が何を望んでいるのかを、感じる力。
それらが、胸の奥から抜け落ちている。
レティシアは、書類へ目を戻した。
紙の上には、かつての自分がいた。
確かに、ここにいる。
けれど。
今の自分の中には、その姿を見つけられなかった。




