第8場面 父が感じる違和感
父は、レティシアを責めなかった。
「……」
ただ、彼女の答えを聞いたまま、静かに見つめている。
その視線に耐えきれず、レティシアは小さく笑った。
「……以前の私は、少し厳しすぎましたもの」
「そうだな」
父は一度、頷いた。
けれど。
すぐに首を横へ振る。
「だが、お前は以前なら、そうは言わなかった」
「……そうですわね」
レティシアは、書類へ目を落とした。
以前の自分なら。
問題があると分かった時点で、きっと結論まで口にしていた。
承認すべきではない。
別の方法を取るべきだ。
このままでは、後に大きな損失が出る。
そう、はっきりと言っていたはずだ。
けれど今は。
「皆様で、よく検討する必要があるかと」
そんな言葉しか出てこなかった。
「厳しいことと、考えを持たないことは違う」
父の声が、静かに響いた。
レティシアは顔を上げる。
「……」
その言葉が、胸の奥に残った。
厳しいことと。
考えを持たないことは。
違う。
以前の自分は、確かに厳しかった。
言い方も、態度も。
相手の気持ちを考えるより先に、問題を指摘することもあった。
けれど。
それでも、考えていた。
自分なりに。
国のことを。
領地のことを。
そこに暮らす人々のことを。
だからこそ、反対した。
父は、それ以上踏み込まなかった。
今のレティシアが、何を失っているのか。
その答えを、無理に口にさせようとはしなかった。
ただ、手元の書類をそっと彼女へ返す。
「これは、お前が持っていなさい」
「……よろしいのですか?」
「ああ」
レティシアが書類を受け取ると、父は淡々と続けた。
「その書類を書いたお前を、私は誇りに思っている」
「……え?」
レティシアは、思わず顔を上げた。
父は、いつものように厳しい表情をしていた。
けれど、その言葉に迷いはなかった。
かつての自分は。
嫌われていた。
冷たいと言われていた。
生意気だと、王子に逆らうなと、政治に口を出しすぎだと批判されていた。
そして。
悪役令嬢と呼ばれていた。
それでも。
父は、その自分を否定していなかった。
「……お父様は」
レティシアは、言葉を探した。
「以前の私を……誇りに思ってくださっていたのですか?」
「今もだ」
父は、短く答えた。
レティシアは、何も言えなかった。
胸の奥に、何かが触れたような気がした。
けれど、それが何なのか。
まだ、分からなかった。




