第7場面 父の問い
父は、しばらく書類を見つめていた。
やがて。
ゆっくりと顔を上げる。
「レティシア」
「はい」
「今、この案を見たら。お前はどう思う?」
レティシアは、手元の意見書へ視線を落とした。
北部諸侯領の現状。
臨時徴税によって生じる負担。
将来的な生産力の低下。
王家への不信。
書かれている問題点は、すべて理解できる。
以前の自分の分析が正しいことも、分かっている。
だから。
答えは簡単なはずだった。
「……問題があると思いますわ」
そこまで言って、レティシアは口を閉じた。
父は何も言わなかった。
ただ、静かに彼女の次の言葉を待っている。
レティシアは、書類の最後へ目を向けた。
――本案は、現時点では承認すべきではありません。
そう言えばいい。
この案は危険だ。
承認すべきではない。
以前の自分なら、きっと迷わずに言っていた。
けれど。
「……」
喉の奥で、言葉が止まる。
反対すれば。
誰かが不快に思うかもしれない。
王宮の方針を否定することになるかもしれない。
父の前でさえ、厳しい意見を口にすることになるかもしれない。
そんな考えが、次々と浮かんでは消えていく。
レティシアは、何とか言葉を続けようとした。
けれど、口から出てきたのは。
「……皆様で、よく検討する必要があるかと」
それだけだった。
言ってしまった瞬間。
自分でも分かった。
これは、答えではない。
問題があると指摘しただけで。
どうすべきかについては、何も言っていない。
判断を、誰かに預けただけだ。
父の表情が、わずかに曇った。
ほんの小さな変化だった。
けれど、レティシアにははっきりと分かった。
失望されたのだろうか。
そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。
「……」
父は、すぐには何も言わなかった。
レティシアもまた、顔を上げられなかった。
書類の上には。
かつての自分が、迷いなく書き残した言葉がある。
そして今の自分は。
その一文を、口にすることさえできなかった。




