第12話 悪役の痕跡 第1場面 書庫で見つけた書類
午後。
レティシアは、ヴァレンフォール侯爵家の書庫を訪れていた。
父に頼まれた書類を探すためだった。
「たしか、この辺りに……」
高い本棚の間を歩きながら、レティシアは首を傾げる。
以前の彼女なら、この場所に来ることは珍しくなかった。
侯爵家の政務に関する書類。
王宮から届いた報告書。
各領地の収穫量や税収の記録。
そうしたものを整理し、必要があれば自分なりにまとめていた。
書庫は、レティシアにとって仕事場の一つだった。
けれど。
最近は、ほとんど足を運んでいない。
父も。
家族も。
使用人たちも。
今のレティシアに、以前のような仕事を頼むことはなくなっていた。
「レティシア様には、もっと穏やかにお過ごしいただきたい」
そんな配慮なのだろう。
仕事を頼まれなくなったことを、レティシアはありがたいと思っていた。
以前は、仕事に追われていた。
何か問題が起きれば、すぐに自分のところへ持ち込まれた。
誰もが口を揃えて言ったものだ。
――レティシア様なら、何とかしてくださる。
今は、そんな声も聞こえない。
静かで。
穏やかで。
誰にも急かされない。
それは、とても良いことのはずだった。
「……あら?」
棚の奥へ手を伸ばしたときだった。
積み重ねられていた古い書類の束が、ぐらりと傾いた。
「あっ」
レティシアが支えるより早く。
ばさばさっ、と紙の束が床へ落ちた。
「まあ……」
レティシアはしゃがみ込み、散らばった書類を拾い始める。
古い報告書。
領地の収支記録。
王宮からの通達。
どれも、以前の自分なら見慣れていたものだった。
その中に。
一枚だけ、見覚えのある文字があった。
「……?」
レティシアは、紙を拾う手を止めた。
表紙に記された題名。
そこには、はっきりとこう書かれていた。
> 『北部諸侯領への臨時徴税案に関する意見書』
そして、その下に。
自分の名前が記されている。
――レティシア・ヴァレンフォール。
「……私?」
レティシアは、何となくその書類を手に取った。
なぜか。
胸の奥が、ほんの少しだけざわめいた。




