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第10場面 初めての違和感
レティシアは、伏せた予定表から顔を上げた。
視線の先に、鏡がある。
鏡の中には、白百合の令嬢がいた。
誰からも愛される。
誰からも嫌われない。
穏やかで、優しくて、理想的なレティシア。
その姿は、魔女に願った通りだった。
レティシアは、鏡の中の自分に向かって微笑んだ。
「私は……幸せですわ」
静かな部屋に、声が響く。
けれど。
今度は、すぐに続きが出てこなかった。
ほんの少しだけ、間が空く。
そして。
「……たぶん」
その言葉を口にした瞬間、レティシア自身が驚いた。
今までなら。
迷うことなく言えたはずだった。
もちろん幸せですわ。
そう答えれば、それで終わった。
けれど今は。
「たぶん」としか言えなかった。
レティシアは、ゆっくりと胸元に手を当てる。
そこには、何もない。
何もないはずなのに。
胸の奥には、確かに空白があった。
「……どうしてでしょう」
鏡の中の自分が、こちらを見つめている。
美しい笑顔。
整った姿。
誰からも好かれる、理想の令嬢。
なのに。
「何かが……足りませんわ」
その言葉を最後に。
レティシアは、しばらく動かなかった。
部屋には、夜の静けさだけが残っていた。
――第11話・続く。




