第6場面 「嫌なもの」がない
レティシアは、胸元に置いていた手をゆっくり下ろした。
どうして、こんな感覚になるのだろう。
何かが足りない。
けれど、その答えは見つからない。
考えているうちに、ふと。
以前の自分の姿が、脳裏に浮かんだ。
怒っていた。
誰かの言葉に腹を立てて。
納得できないことには、真正面から反対して。
アルベルトに対しても、遠慮なく意見を述べていた。
「殿下、それは問題がありますわ」
「その判断では、皆が困ることになります」
「私は、そうは思いません」
あの頃の自分は、いつも何かを主張していた。
そのせいで、誰かに嫌われることもあった。
「レティシア様は、少し冷たすぎます」
「何を考えているのか分からないわ」
「本当に怖い方ね」
そして。
いつしか、誰もが自分をそう呼ぶようになった。
――悪役令嬢。
レティシアは、目を伏せた。
その言葉を思い出すと、今でも胸の奥が小さく痛む。
けれど。
あのときの自分は、もう限界だった。
誰かに嫌われることに疲れていた。
誤解されることに疲れていた。
正しいと思って口にした言葉さえ、誰かを傷つけるものとして扱われることに疲れていた。
だから。
魔女エルヴィラに願ったのだ。
> 「私の嫌なところを……なくしてください」
レティシアは、静かに目を閉じた。
(そうですわ)
(私は、嫌なところをなくしたかった)
怒りも。
強情さも。
負けたくないという気持ちも。
自分の意見を押し通そうとする心も。
誰かに嫌われても、譲れないと思ってしまう部分も。
全部。
なくなればいいと思った。
魔女は、その願いを叶えた。
実際に。
あれほど自分を嫌っていた人々が、今では笑顔を向けてくれる。
冷たいとも。
怖いとも。
悪役令嬢とも呼ばれない。
誰も自分を嫌っていない。
だから。
これは成功したのだ。
願いは、きちんと叶えられた。
レティシアは、そう思おうとした。
――そう思うべきだった。




