第3場面 「本当に」の意味
クラリスと別れたあと。
レティシアは一人で庭園を歩いていた。
風が、木々の葉を静かに揺らしている。
さっきまで隣にいたクラリスの姿は、もう見えない。
けれど。
その言葉だけが、頭の中に残っていた。
――本当に幸せですか?
「……本当に、ですか」
レティシアは小さく呟いた。
どうして、クラリスはあんなことを聞いたのだろう。
考えてみても、理由が分からない。
レティシアは足を止め、庭園を見渡した。
美しく手入れされた花壇。
穏やかな日差し。
遠くから聞こえる、王宮の使用人たちの声。
いつも通りの景色だった。
そして。
いつも通り、何も問題はない。
(もちろん幸せですわ)
心の中で、そう答える。
アルベルトは優しい。
以前よりも、ずっと穏やかに話ができるようになった。
自分が何かを言っても、彼と意見がぶつかることはない。
家族も、自分を大切にしてくれている。
侯爵家に帰れば、温かく迎えてくれる。
クラリスとも、今では普通に話せる。
社交界でも、誰も自分を悪く言わない。
むしろ。
「白百合の令嬢」
そう呼ばれて、褒められることのほうが多くなった。
以前は、何かを言えば誰かと衝突した。
自分の意見を通そうとすれば、相手を怒らせた。
正しいと思ったことを口にすれば、「冷たい」と言われた。
嫌なことを嫌だと言えば、「わがまま」と言われた。
けれど。
今は違う。
誰かと争うこともない。
誰かを傷つけることもない。
誰かに嫌われることもない。
毎日は穏やかで。
静かで。
何も怖くない。
レティシアは、ふっと笑った。
(幸せでない理由なんて、ありませんわ)
そう。
何も問題はない。
少なくとも――。
そう思うことができた。
レティシアは再び歩き始める。
その足取りは、いつもと変わらなかった。
穏やかで。
迷いもなく。
――このときの彼女は、本気でそう思っていた。




