第11場面 決断できない令嬢
### 第11場面 決断できない令嬢
――翌日。
王城の執務室。
昨日から検討されていた政策案が、机の上に並べられていた。
アルベルトを中心に、最後の確認が行われる。
「では」
アルベルトが、資料を閉じた。
「この案で進めよう」
「…………」
レティシアは、その資料を見つめた。
昨日。
自分が問題だと思った箇所がある。
今も、その考えは変わっていない。
けれど。
もう。
何も言わなかった。
「はい」
ただ。
静かに頷いた。
アルベルトは、満足そうに微笑む。
「ありがとう、レティシア」
「…………」
レティシアも笑った。
「どういたしまして」
穏やかな声。
柔らかな笑顔。
何も問題はない。
誰も反対していない。
会議も滞りなく進んだ。
アルベルトも満足している。
きっと。
これでいい。
――以前なら。
違った。
正しいと思えば。
「それは違います」
と、止めた。
間違っていると思えば。
怒った。
納得できなければ。
何度でも説明した。
相手に嫌われるかもしれない。
面倒な女だと思われるかもしれない。
それでも。
自分が必要だと思ったことを。
自分で選んだ。
その結果。
誰かと衝突することもあった。
嫌われることもあった。
「本当に、気の強い方ですね」
そう言われたこともある。
けれど。
それでも。
あの頃のレティシアには。
「私は、こう思います」
という言葉があった。
今は。
ない。
誰にも嫌われない。
誰も怒らせない。
誰も傷つけない。
皆が笑っている。
「白百合の令嬢は、本当にお優しい」
そんな言葉さえ。
何度も聞いた。
なのに。
「…………」
レティシアは、胸に手を当てた。
何も感じない。
嬉しいはずなのに。
褒められているのだから。
喜ぶべきなのに。
胸の奥には。
ぽっかりとした空白がある。
「…………私は」
小さく呟く。
けれど。
その先の言葉が出てこない。
何がしたいのか。
何を選びたいのか。
何を望んでいるのか。
分からない。
誰にも嫌われなくなった。
誰にも否定されなくなった。
その代わり。
――自分自身の声まで。
聞こえなくなっていた。
レティシアは。
それでも笑っていた。
誰から見ても。
優しく。
穏やかで。
幸せそうに。
けれど。
その笑顔の奥で。
彼女自身が。
少しずつ。
「自分」を見失い始めていた。




