第5場面 決められない
会議が終わった。
官僚たちが次々と退室していく。
静かになった執務室で。
レティシアは、机の上に残された二つの政策案を見つめていた。
どちらも一長一短がある。
一つは、短期的な効果が大きい。
もう一つは、長期的な負担が少ない。
「レティシア」
「はい?」
アルベルトが二つの資料を手に取った。
「君なら、どちらを選ぶ?」
「…………」
レティシアは二枚の資料を見る。
数字を追う。
それぞれの利点と問題点を考える。
どちらが優れているか。
分析することはできる。
けれど。
「…………」
答えが出てこなかった。
「……どちらが、よいのでしょう」
アルベルトが少し驚いた顔をする。
「君にも分からないことがあるんだね」
「……ええ」
レティシアは、微笑んだ。
「そういうこともありますわ」
アルベルトは、それ以上追及しなかった。
「そうだね。まあ、すぐに決める必要もないか」
「はい」
レティシアは頷く。
けれど。
その胸の奥で。
何かが引っかかっていた。
(……分からない)
本当に、分からないのだろうか。
政策の内容は理解している。
それぞれの利点も。
問題点も。
この先、何が起こる可能性があるのかも。
考えれば分かる。
なのに。
どちらを選ぶのか。
その答えだけが出てこない。
(……どうして?)
以前なら。
「こちらですわ」
そう言っていた。
理由も説明できた。
反対するなら、反対した。
より良い案があるなら、それを示した。
では。
今は?
「…………」
レティシアは、二つの資料を見比べる。
どちらが正しいか。
それなら考えられる。
けれど。
(……私は、どちらがいいのかしら)
その問いになると。
途端に、何も浮かばなくなった。
アルベルトが扉へ向かう。
「じゃあ、今日はここまでにしようか」
「はい」
レティシアは立ち上がった。
そして。
最後にもう一度、机の上を見る。
二つの政策案。
どちらを選んでも。
きっと、それなりの理由はつけられる。
誰かに聞かれれば。
それらしい答えも返せるだろう。
でも。
自分自身に。
「あなたは、どちらを選びたいの?」
そう尋ねたら。
――答えられない。
そのことを。
レティシア自身は、まだ知らなかった。




