第4場面 昔のレティシア
――ふと。
レティシアは、以前の自分を思い出した。
同じ王城の執務室。
同じように、机の上には政策案が並んでいた。
けれど。
あの頃の自分は、資料を読み終えるとすぐに口を開いていた。
「殿下、それは危険です」
「え?」
アルベルトが目を丸くする。
「王都の財政だけを考えれば正しい案です。ですが、地方への負担が大きすぎますわ」
「しかし、他に方法が――」
「ございます」
レティシアは別の資料を取り出した。
「こちらの案です」
「これを?」
「はい。短期的な効果はこちらより小さいですが、地方経済への影響を抑えられます」
周囲の官僚たちが顔を見合わせる。
「ですが、それでは王都の歳入が――」
「ですから、こちらの支出を見直します」
「そこまで削るのですか?」
「必要でしょう」
即答だった。
「殿下」
レティシアはアルベルトを見る。
「その判断には問題があります」
「……また厳しいことを言うね、君は」
アルベルトは苦笑した。
「厳しいのではありませんわ」
レティシアは淡々と答える。
「間違っていると思うから、申し上げているだけです」
「…………」
周囲の官僚たちは、困ったような顔をしていた。
――またレティシアが始まった。
そんな空気だった。
「レティシア様は、もう少し柔らかくお話しになっては……」
「必要なことを必要なときに申し上げているだけですわ」
「それは、そうなのですが……」
アルベルトも困ったように笑う。
「君は本当に容赦がないな」
「殿下が間違った判断をなさらなければ、私も何も申し上げませんわ」
「それはそれで厳しいなぁ……」
そんなやり取り。
それが。
いつものことだった。
――けれど。
今になって考えれば。
あのときの彼女の指摘は、間違っていなかった。
実際に政策は修正され。
地方への負担は抑えられた。
後になって、別の官僚から。
「レティシア様のおかげで助かった地方がいくつもあります」
そう言われたことさえあった。
当時は。
「厳しい令嬢」
「気の強い方」
「もう少し人の気持ちを考えてほしい」
そんなふうに言われていた。
でも。
彼女は。
ただ、自分が正しいと思ったことを口にしていただけだった。
――そして、現在。
「…………」
レティシアは、目の前の資料を見つめていた。
そこには。
以前なら、すぐに見つけていた問題点がある。
地方への負担。
将来的な税収への影響。
修正案。
全部、分かっている。
それでも。
「……皆様のお考えを尊重するのがよろしいかと」
そう言った。
静かな微笑み。
穏やかな表情。
誰も困らない。
誰も傷つかない。
誰も彼女を厳しいとは言わない。
「白百合の令嬢は、本当にお優しい」
そんな声が聞こえる。
レティシアは微笑んだ。
けれど。
ほんの一瞬。
自分でも分からないほど小さく。
その笑顔が、揺れた。
(……昔の私は)
資料に視線を落とす。
(こんなふうに、笑っていただけだったかしら)
答えは。
出てこなかった。




