第11場面 対比の一瞬
――同じ夜。
王都から遠く離れた。
グランフェル。
黒薔薇館。
「…………疲れたわ」
レティシアは、机に積まれた大量の書類を眺めながら、椅子の背もたれに身体を預けた。
今日も一日。
水路の確認。
畑の相談。
そして、鉱山から上がってきた報告書の整理。
気がつけば、すっかり夜になっていた。
足元では、ノワールが丸くなって眠っている。
「クゥ……」
「あなたは気楽でいいわね」
レティシアは苦笑した。
けれど。
その顔には、どこか楽しそうな表情が浮かんでいた。
「でも……」
机の上の書類を一枚、手に取る。
「明日は鉱山のほうを見に行かないと」
「……お嬢様」
後ろから、ニーナの声が飛んでくる。
「はい?」
「休んでください」
「分かってるわよ」
「本当に分かっています?」
「…………」
レティシアは黙った。
「……うるさいわね」
そう言いながら。
少し笑っている。
ニーナは呆れたようにため息をついた。
「明日は鉱山ですからね。朝も早いですよ」
「分かってるってば」
「では、もう寝ましょう」
「……あと少しだけ」
「駄目です」
「…………」
「お嬢様?」
「……はいはい」
レティシアは渋々、書類を置いた。
そして。
ふと、今日のことを思い出す。
「そういえば」
昼間。
水路のことで相談してきた村人から。
「助かった」
そう言われた。
たった、それだけの言葉だった。
けれど。
なぜか。
嬉しかった。
誰かに好かれるためでもない。
誰かに嫌われないためでもない。
自分が。
「やりたい」と思ったから。
動いた。
それだけだった。
「…………」
レティシアは小さく笑う。
「まあ……」
誰も見ていないことを確認するように。
ほんの少しだけ。
口元を緩めた。
「悪くないわね」
足元で。
ノワールが、眠ったまま尻尾を揺らした。
「……あなたもそう思う?」
「クゥ……」
返事なのか。
寝言なのか。
レティシアには分からなかった。
ただ。
その夜の彼女は。
疲れていた。
けれど。
どこか満たされていた。




